今日は土曜日。こどもも旦那も休みなので、朝起きるのが遅くなり、朝ご飯の時間も遅くなる。そうすると痛み止めを飲む時間が遅くなり、朝布団から起き上がるとき、痛みが倍増。眠りをとるか痛みどめをのむためにはやおきするか・・・。結局起き上がれなくて布団にトーストとコーヒーを持ってきてもらい、食後薬を飲んでしばらく効くのを待って起き上がった。食後でもコディンを飲むとやっぱり気持ちが悪くなるなぁ。うっすらと吐き気がずっと続く。
コディンの量減らそうかな。うちにはいろんな痛み止めがあるので、コディイン入りのパラセティモル(処方薬)がコディンの強さがいろいろのがある。今飲んでるのは1錠にコディンが30mg入っている。はじめのころは2錠飲んでいたけど、1錠でも吐き気が出てきた。パラセティモル500mg+コディン15mgというのがあったので、それを1錠と普通のパラセティモル500mgを飲むとコディンの量が半分になる。痛みが少しやわらいだらそれでいこう。以前外反母趾の手術をした後にGPからこういうのみかたもいいよと言われていたので自己処方です・・・。
今日はできたら便通がほしいところです。便秘感でおなかが苦しく気持ちが悪いと言うのもあるかも。ダークチョコ効いてません。まあもしかしたら徐々に効きつつあるのかもしれないけど(笑)。ネットで便秘のつぼを探してみました。お腹のつぼはこわくて押せないので、あと足は届かないので(泣)、主に手のつぼと背中のつぼです。間使(かんし)、合谷(ごうこく)、左大腸兪(ひだりだいちょうゆ)、などをぐりぐり押してました。左大腸兪はなんだか効き目がありそうな感じがします。
まだすこしタンがあり、咳をなるべくしないようにしていたり、水分をとったり喉あめをなめたりしてはいるものの、それがのどのほうに下りてくると「ごほんごほん」と咳が出てしまい、おなかがウウット痛みます(泣)。おしっこの後のおなかがぎゅーっとなるのはだいぶよくなったけどまだ少しあるかな。こんなんで便通があったらどれくらい痛いんだろう・・・。
2014年8月24日日曜日
2014年8月22日金曜日
ラパロ3日目
今日のお薬のタイミング
7時半、11時半(ちょっと早めに昼ごはんを食べて)、3時半(おやつを何か食べて)、7時半(夕ご飯を食べて少し時間が空くので、ビスケット1枚でも食べよう)で、行って見ようと思います。時間通りに飲んでいればひどい痛みは来ないことがわかったので少し気分が楽。
ラパロ前は、コディン入りの痛み止めとボルタレンを交互に1日中飲み続けても痛かった。その痛みに比べたら、痛みの種類は違うけど全然楽なのだ。わたしの内膜症と癒着の痛みって手術の痛みよりひどかったのかなぁ。コディンが効くなんてスゴイ! とか変なことで感動しています。退院前にボルタレンももらってきたけど、まだ箱も開けてません!
今朝起きたらおなかがなんだか筋肉痛感もある。太ももも腰も筋肉痛。腰を曲げて変な格好で歩くからだろうな。実はラパロ前に杖を買いました。私は148cmと小さいので標準の杖では高すぎて短い杖をネットで買ったらなんと標準の杖の倍の値段がした!ずるい!!まあでも買っておいてよかった。家の中で歩くのに大助かりです。なかったら腰痛がもっとひどくなってたかも。
まだ便通はない。相変わらずおなかがぎゅるぎゅるいっている。おしっこ中のおなかぎゅーっと痛いのはだいぶ減った。まだのどにタンがある(泣)。
7時半、11時半(ちょっと早めに昼ごはんを食べて)、3時半(おやつを何か食べて)、7時半(夕ご飯を食べて少し時間が空くので、ビスケット1枚でも食べよう)で、行って見ようと思います。時間通りに飲んでいればひどい痛みは来ないことがわかったので少し気分が楽。
ラパロ前は、コディン入りの痛み止めとボルタレンを交互に1日中飲み続けても痛かった。その痛みに比べたら、痛みの種類は違うけど全然楽なのだ。わたしの内膜症と癒着の痛みって手術の痛みよりひどかったのかなぁ。コディンが効くなんてスゴイ! とか変なことで感動しています。退院前にボルタレンももらってきたけど、まだ箱も開けてません!
今朝起きたらおなかがなんだか筋肉痛感もある。太ももも腰も筋肉痛。腰を曲げて変な格好で歩くからだろうな。実はラパロ前に杖を買いました。私は148cmと小さいので標準の杖では高すぎて短い杖をネットで買ったらなんと標準の杖の倍の値段がした!ずるい!!まあでも買っておいてよかった。家の中で歩くのに大助かりです。なかったら腰痛がもっとひどくなってたかも。
まだ便通はない。相変わらずおなかがぎゅるぎゅるいっている。おしっこ中のおなかぎゅーっと痛いのはだいぶ減った。まだのどにタンがある(泣)。
2014年8月21日木曜日
ラパロ後2日目
朝目が覚めて水を飲もうと起きあがろうとしたものの、おなかが痛くて起き上がれない。横向きになろうと思っても今回は傷が左右にもあるので痛い! もぞもぞしながら痛くてもがんばって起きて水を飲む。まだみんなが起きるまでには時間が合ったけど、また寝たら痛みとともに起きなければと思うとぞっとして座っていた。まあ目覚ましがなるまで後10分位だったし。
今日は旦那は仕事へこどもはナーサリーへ行くので私はひとりです。朝から雑誌を読んだりネットでテレビを見る位で、ソファーの上でだらだら。やっと痛み止めが効いてきたようできつい痛みはあまりなくなりました。ただやっぱり4時間経つと切れるようで、立ち上がるとギャーと痛みが来ます。
朝ごはんの後7時位に飲んで、昼ごはんが12時過ぎだったので、この間があきすぎたようです。痛み止め計画を綿密に立てないと、飲む意味が薄れるので、どうにかしないといけません。4時間おきに飲むので次は4時位に飲まないといけません。4時と言えば夕ご飯より前。でもなにかおなかにいれてからのまないと吐き気が来そうなので、クラッカーとバナナを食べて痛み止めを飲みました。そしたらだいぶ楽で、その次は8時。夕ご飯が6時過ぎなので、2時間もあくし大丈夫かなと思い、大目の水で飲みました。
飲んでいる痛み止めはパラセティモル1gとコディン30mg(1個か2個)です。朝昼はコディンを2個飲みましたが、ちょっと吐き気がきたのでその後は1個ずつにしました。
まだおしっこ中おなかがぎゅーっと痛む。トイレにいくといたいと思うと我慢したくなるけど、膀胱がいっぱいになってればなってるほど出してるときの痛みがひどいのに気づき、我慢せずちょっとでも行きたいと思ったらいくことにした(泣)。
今日は午後シャワーを浴びました。シャワーをしたらテープをはがして、まだグジュッとなっていたら、大きな絆創膏を張っておいてとわたされていたので、テープをはがしてみましたが、なんとなく乾いているような湿っぽいような。乾いてくると縫い糸が下着に当たってつれて痛くなるのでとりあえずもう一回ずつ絆創膏を張ることにしました。ただあまりにもおなかが出っ張ってるので、どこに傷があるのかよく見えないところも(笑)。
裸になるとお腹のでっぱりがすごいことに気づきます。まあトイレでも思ったけど妊婦のよう。3段腹、の大きさではなくお腹に風船が入ってる感じ。ラパロではおなかにガスを入れるので仕方はないけど、このガスが抜けるときになぜか肩から抜けるので肩がすごく痛むのです。でも今回はその肩の痛みがない。しいて言えば首が攣りそうに痛い。そして後ろが向けない位痛い。寝違えた感じの痛さです。これがその痛みなのか?
あとまだのどが痛くてどれだけ水分をとっても口の中がからから。のども痛みはラパロ前に風邪を引いたのがまだ残っていて、麻酔後は風邪の症状がひどくなるよとネットでも言われていた。それかなと思うんだけど、なんだかタンがのどに下りてる感じで、でもごほんとやって出すにはおなかが痛い。不快だけど、まあしょうがないかな。飲み物を飲んで対処中。
おなかの中のガスは出てきてはいますが(恥)、まあおなかが引っ込むには時間がかかりそう。まだ便通もなく、ダークチョコを食べてがんばってます。私は便秘の時は朝一の水とダークチョコで解消するんだけどなー。おなかがぎゅるぎゅるいってるのでがんばって働いているんだろうケド。中からいろいろいじくられたからしょうがないんだろうなぁ。できたら便秘薬は飲みたくない。
今日は旦那は仕事へこどもはナーサリーへ行くので私はひとりです。朝から雑誌を読んだりネットでテレビを見る位で、ソファーの上でだらだら。やっと痛み止めが効いてきたようできつい痛みはあまりなくなりました。ただやっぱり4時間経つと切れるようで、立ち上がるとギャーと痛みが来ます。
朝ごはんの後7時位に飲んで、昼ごはんが12時過ぎだったので、この間があきすぎたようです。痛み止め計画を綿密に立てないと、飲む意味が薄れるので、どうにかしないといけません。4時間おきに飲むので次は4時位に飲まないといけません。4時と言えば夕ご飯より前。でもなにかおなかにいれてからのまないと吐き気が来そうなので、クラッカーとバナナを食べて痛み止めを飲みました。そしたらだいぶ楽で、その次は8時。夕ご飯が6時過ぎなので、2時間もあくし大丈夫かなと思い、大目の水で飲みました。
飲んでいる痛み止めはパラセティモル1gとコディン30mg(1個か2個)です。朝昼はコディンを2個飲みましたが、ちょっと吐き気がきたのでその後は1個ずつにしました。
まだおしっこ中おなかがぎゅーっと痛む。トイレにいくといたいと思うと我慢したくなるけど、膀胱がいっぱいになってればなってるほど出してるときの痛みがひどいのに気づき、我慢せずちょっとでも行きたいと思ったらいくことにした(泣)。
今日は午後シャワーを浴びました。シャワーをしたらテープをはがして、まだグジュッとなっていたら、大きな絆創膏を張っておいてとわたされていたので、テープをはがしてみましたが、なんとなく乾いているような湿っぽいような。乾いてくると縫い糸が下着に当たってつれて痛くなるのでとりあえずもう一回ずつ絆創膏を張ることにしました。ただあまりにもおなかが出っ張ってるので、どこに傷があるのかよく見えないところも(笑)。
裸になるとお腹のでっぱりがすごいことに気づきます。まあトイレでも思ったけど妊婦のよう。3段腹、の大きさではなくお腹に風船が入ってる感じ。ラパロではおなかにガスを入れるので仕方はないけど、このガスが抜けるときになぜか肩から抜けるので肩がすごく痛むのです。でも今回はその肩の痛みがない。しいて言えば首が攣りそうに痛い。そして後ろが向けない位痛い。寝違えた感じの痛さです。これがその痛みなのか?
あとまだのどが痛くてどれだけ水分をとっても口の中がからから。のども痛みはラパロ前に風邪を引いたのがまだ残っていて、麻酔後は風邪の症状がひどくなるよとネットでも言われていた。それかなと思うんだけど、なんだかタンがのどに下りてる感じで、でもごほんとやって出すにはおなかが痛い。不快だけど、まあしょうがないかな。飲み物を飲んで対処中。
おなかの中のガスは出てきてはいますが(恥)、まあおなかが引っ込むには時間がかかりそう。まだ便通もなく、ダークチョコを食べてがんばってます。私は便秘の時は朝一の水とダークチョコで解消するんだけどなー。おなかがぎゅるぎゅるいってるのでがんばって働いているんだろうケド。中からいろいろいじくられたからしょうがないんだろうなぁ。できたら便秘薬は飲みたくない。
2014年8月20日水曜日
8/20ラパロ後1日目 退院
朝6時半ごろかな、やっとトイレに行ってもいいかな(笑)という気になり、ナースコールを押してトイレいきたいといってみた。そしたら違うナースを呼ぶから、と言われ、その人が来るまで待っていた。いまいち病院のナースの仕事の分担がわからない。どのナースだってトイレに連れて行けるんじゃないの?だって付き添うだけだもん。そういうのは下っ端にさせるのか知らん?まあスゴイ行きたいってわけじゃないからいいけどさ。割とすぐ代わりの人が来て連れて行ってくれた。と言っても部屋の隣にトイレがあった(ラッキー)。もうベッドから降りるのもだるくて痛くてつらくてやっぱりいくのやめようかと思ったけど(笑)。がんばってベッドから降りるとおなかが激痛。60歳のおばさんに同情した目で見られつつ、廊下まで出ると手すりがあり右手は手すりに左手はナースに持ってもらいよろよろしながら隣のトイレへ。頭もふらふらするし吐き気もある。何か片頭痛っぽくもあるかな。トイレを済ませ、あ!パンツがナイ(泣)。手術前にはいた紙パンツは無残にも引きちぎられ(泣)、パッドが股に挟まってるだけの状態。仕方なくノーパンでベッドまで戻り(恥・・・ガウンが足首まであって良かったー)、自前のパンツとパッドで対処。いやーパンツはくのにあんなに力を使うとは。足が上がらないし、片足で立てないし。よろよろです・・・。
まあ一息ついてベッドに戻ると(うう、痛い)、やっぱり片頭痛っぽい。もう一眠りしたら治るかもとおもい寝てみる。次に起きたら8時前。しばらくするとコンサルタント(執刀医)がきて、手術の結果を教えてくれた。
癒着は左側ははがした。右側の上のほうの癒着がひどくて3,4箇所はがせなかった。内膜症はめちゃくちゃひどいと言うわけではなかったかが切って検査に回しておいた。痛みはおそらくまたいつかは戻ってくるらしくペインクリニックをしきりに進められた。癒着も全部はがれなかったことだしな。手術は2時間かかったわと言われた。コンサルタントとのフォローアップは3ヵ月後、まあ回復して生理が2回くらいは来てからってことか。その間の痛み日記をつけておいてと言われた。彼女は子宮内膜症科みたいな感じで、普通の婦人科医よりは内膜症について詳しいようだ。
その後病棟のドクターとナースが回診に来て、私がめまいと吐き気と頭痛を訴えるとまず朝ご飯を食べてトイレに行く、血圧が低いので血圧がもう少し上がってきたらめまいも減るだろう。片頭痛だと思うからご飯の後イミグランをとって(自前の薬は鍵のかかったロッカーに入っている)といったら何か食べれたらナースを呼んでとってもらってといっていた。退院はトイレに3,4回行けてデイルームまで歩いていけるようになってからだって。
じゃあ朝ごはんか。私はグルテンフリーのパンを持ってきたので、そのタッパーをもってデイルームへ。去年も一泊したので勝手知ってます。デイルームにはトースターがあって自分でパンを焼いたりシリアルやロールパンがあったり、冷蔵庫にはヨーグルトやフルーツが入ってます。デイルームへ行こうと廊下まで出たところでまためまいが。今度はサーっと血の気が引いてきたのであ、やばいと思い頭を下げていたらナースが飛んできて、ベッドまで戻してくれた。ああ、私の退院計画が崩れていくー。
しばらく休んで、暖かい紅茶を持ってきてもらいベッドの上でパンをもそもそ食べることにした。そこでもベッドに戻してくれたナースに何かいるものはある?ときかれたのでじゃあ暖かい紅茶お願いします、寒いしといったら、じゃあ違うナースに頼んでくるね、といっていってしまった。この人は紅茶を入れるような下っ端ナースではないと言うことか?うーん、わからん。
紅茶とグルテンフリーパン(小さい)を1枚食べて、イミグランを飲んでしばらくまた寝る。その間も血圧と熱を測られ、痛み止めも飲んでいる。さすがイミグラン、1時間ほどねたら楽になった。10時半ごろになるとお茶タイムで、また暖かい紅茶をもらう。病室のナースがいるときにお昼ご飯は誰がデイルームに来るか誰がベッドの上で食べるのか聞く係りの子が来ててきぱきと進んでいく。私はデイルームに行くグループに入れられ、12時になったらご飯だよと呼びにきた。
ご飯はジャケットポテトとタマゴのフィリング(タマゴサンドの具みたいな感じ)とサラダ、フルーツ。それをデイルームの前でお盆にもらい自分でテーブルまで持って運ぶ。ああ腹が痛い。同室の60歳のおばさんもデイルーム派で一緒に食べた。あなたも子宮摘出したの?ときいてきたところを見るとおばさんは摘出したのか。もう一人おばさんが一緒のテーブルにいたんだけど、この子は昨日入院したばかりなのにもうこんなに歩いてすごいのよと私のことを言っていた。私はラパロスコピーを受けただけなの。というとラパロスコピーって何?ときかれキーホールサージェリーだよといったら、ああ、と納得。ラパロスコピーは日帰り手術なので入院している人たちはもっと大きな手術をした人た日がほとんど。私みたいに午後遅くの手術だと日帰りでも一泊になることがあるけど。
ご飯を食べてる間もなんかめまいと吐き気がときより襲ってきて箸(いやナイフとフォークか)が進まない。1/3位食べてギブアップ。痛み止めを飲んでベッドに戻る。そしてうつらうつらすると2時になったらしく面会時間開始。他の3人には誰かしらお見舞い客が来ている。私は一人だけどいいのよー、今日帰るんだからー。本を読んだりうつらうつらしたり。昨日眠れてないから眠い。しばらくすると朝回診に来たナースが、トイレに行けた?とかめまいは減ったかとか聞いてきて、まあ朝よりは楽と言うと、お迎えは何時ごろ来れる?と聞くのでやった退院だ!すぐに旦那に電話してみる。4時前にはつけると言うので、それまでに着替えて荷物をつめておく。やっぱり動くと頭がふらふらするけれどご飯がお腹に入ったあとは、ふらふら度が楽。後は休めば大丈夫かな。
ひとつおしっこに行くとおなかがぎゅーっと痛む。ナースに言うとトイレのときに生理痛みたいになるのはしばらく続くけど大丈夫と言われた。以前膀胱炎になったけど、そういう痛みとはまた違うし。動くとまだだいぶ痛いし、縫い目がぎゅっと引きつれる感じ。
今回は4箇所も傷跡がある。おへそとその下と左右に1個ずつ。検査ラパロの時はおへそとその下に一個ずつの2個の傷だったけど、倍になったし、いろいろおなかの中を切ったりはがしたわけだから痛みもだいぶ違う。旦那が4時10分前についた。退院の書類と職場に出す診断書、1週間分の痛み止めをもらう。診断書には3週間休むように書いてあった。思ったより大変だったのか。ナースが、3週間たってもつらかったらGPに言って延長してもらうようにといっていた。長引くのかなぁ。痛み止めも1週間分は病院からもらえるけどもっとほしい場合はGPにもらってと言う。家に痛み止めはたくさんあるし大丈夫かな。
そして手に刺さったままのカニュラを抜いてもらい、自前の薬袋を鍵のかかったロッカーから出してもらっていよいよ退院です。ふらふらだし、おなかが痛くてまっすぐ立てないので腰の曲がったお年寄りみたいにしてよろよろ出口まで行きます。外は晴れていていい感じの天気。タクシーでとちゅうこどもをナーサリーでピックアップして帰ります。
家に帰ると5時過ぎ。よろよろしつつソファーに座るとああやっぱり家はいいねぇ。暖かい緑茶をもらって一休み。わたしの夜ご飯は日本で買ってきたフリーズドライの雑炊です。お湯を注ぐだけでおいしい雑炊ができてありがたい。今日はこどもが寝た8時過ぎに一緒に寝ました。いつも私のお腹に足を乗っけて寝るこどもも、キックしないようにね、というとでもママにくっつきたいと言うので、手をつないで寝ようと言うとおとなしく手をつないで寝ました。明け方私の布団に入ってきたけど、キックしないは覚えていたようで、私のお腹は無事でした。
まあ一息ついてベッドに戻ると(うう、痛い)、やっぱり片頭痛っぽい。もう一眠りしたら治るかもとおもい寝てみる。次に起きたら8時前。しばらくするとコンサルタント(執刀医)がきて、手術の結果を教えてくれた。
癒着は左側ははがした。右側の上のほうの癒着がひどくて3,4箇所はがせなかった。内膜症はめちゃくちゃひどいと言うわけではなかったかが切って検査に回しておいた。痛みはおそらくまたいつかは戻ってくるらしくペインクリニックをしきりに進められた。癒着も全部はがれなかったことだしな。手術は2時間かかったわと言われた。コンサルタントとのフォローアップは3ヵ月後、まあ回復して生理が2回くらいは来てからってことか。その間の痛み日記をつけておいてと言われた。彼女は子宮内膜症科みたいな感じで、普通の婦人科医よりは内膜症について詳しいようだ。
その後病棟のドクターとナースが回診に来て、私がめまいと吐き気と頭痛を訴えるとまず朝ご飯を食べてトイレに行く、血圧が低いので血圧がもう少し上がってきたらめまいも減るだろう。片頭痛だと思うからご飯の後イミグランをとって(自前の薬は鍵のかかったロッカーに入っている)といったら何か食べれたらナースを呼んでとってもらってといっていた。退院はトイレに3,4回行けてデイルームまで歩いていけるようになってからだって。
じゃあ朝ごはんか。私はグルテンフリーのパンを持ってきたので、そのタッパーをもってデイルームへ。去年も一泊したので勝手知ってます。デイルームにはトースターがあって自分でパンを焼いたりシリアルやロールパンがあったり、冷蔵庫にはヨーグルトやフルーツが入ってます。デイルームへ行こうと廊下まで出たところでまためまいが。今度はサーっと血の気が引いてきたのであ、やばいと思い頭を下げていたらナースが飛んできて、ベッドまで戻してくれた。ああ、私の退院計画が崩れていくー。
しばらく休んで、暖かい紅茶を持ってきてもらいベッドの上でパンをもそもそ食べることにした。そこでもベッドに戻してくれたナースに何かいるものはある?ときかれたのでじゃあ暖かい紅茶お願いします、寒いしといったら、じゃあ違うナースに頼んでくるね、といっていってしまった。この人は紅茶を入れるような下っ端ナースではないと言うことか?うーん、わからん。
紅茶とグルテンフリーパン(小さい)を1枚食べて、イミグランを飲んでしばらくまた寝る。その間も血圧と熱を測られ、痛み止めも飲んでいる。さすがイミグラン、1時間ほどねたら楽になった。10時半ごろになるとお茶タイムで、また暖かい紅茶をもらう。病室のナースがいるときにお昼ご飯は誰がデイルームに来るか誰がベッドの上で食べるのか聞く係りの子が来ててきぱきと進んでいく。私はデイルームに行くグループに入れられ、12時になったらご飯だよと呼びにきた。
ご飯はジャケットポテトとタマゴのフィリング(タマゴサンドの具みたいな感じ)とサラダ、フルーツ。それをデイルームの前でお盆にもらい自分でテーブルまで持って運ぶ。ああ腹が痛い。同室の60歳のおばさんもデイルーム派で一緒に食べた。あなたも子宮摘出したの?ときいてきたところを見るとおばさんは摘出したのか。もう一人おばさんが一緒のテーブルにいたんだけど、この子は昨日入院したばかりなのにもうこんなに歩いてすごいのよと私のことを言っていた。私はラパロスコピーを受けただけなの。というとラパロスコピーって何?ときかれキーホールサージェリーだよといったら、ああ、と納得。ラパロスコピーは日帰り手術なので入院している人たちはもっと大きな手術をした人た日がほとんど。私みたいに午後遅くの手術だと日帰りでも一泊になることがあるけど。
ご飯を食べてる間もなんかめまいと吐き気がときより襲ってきて箸(いやナイフとフォークか)が進まない。1/3位食べてギブアップ。痛み止めを飲んでベッドに戻る。そしてうつらうつらすると2時になったらしく面会時間開始。他の3人には誰かしらお見舞い客が来ている。私は一人だけどいいのよー、今日帰るんだからー。本を読んだりうつらうつらしたり。昨日眠れてないから眠い。しばらくすると朝回診に来たナースが、トイレに行けた?とかめまいは減ったかとか聞いてきて、まあ朝よりは楽と言うと、お迎えは何時ごろ来れる?と聞くのでやった退院だ!すぐに旦那に電話してみる。4時前にはつけると言うので、それまでに着替えて荷物をつめておく。やっぱり動くと頭がふらふらするけれどご飯がお腹に入ったあとは、ふらふら度が楽。後は休めば大丈夫かな。
ひとつおしっこに行くとおなかがぎゅーっと痛む。ナースに言うとトイレのときに生理痛みたいになるのはしばらく続くけど大丈夫と言われた。以前膀胱炎になったけど、そういう痛みとはまた違うし。動くとまだだいぶ痛いし、縫い目がぎゅっと引きつれる感じ。
今回は4箇所も傷跡がある。おへそとその下と左右に1個ずつ。検査ラパロの時はおへそとその下に一個ずつの2個の傷だったけど、倍になったし、いろいろおなかの中を切ったりはがしたわけだから痛みもだいぶ違う。旦那が4時10分前についた。退院の書類と職場に出す診断書、1週間分の痛み止めをもらう。診断書には3週間休むように書いてあった。思ったより大変だったのか。ナースが、3週間たってもつらかったらGPに言って延長してもらうようにといっていた。長引くのかなぁ。痛み止めも1週間分は病院からもらえるけどもっとほしい場合はGPにもらってと言う。家に痛み止めはたくさんあるし大丈夫かな。
そして手に刺さったままのカニュラを抜いてもらい、自前の薬袋を鍵のかかったロッカーから出してもらっていよいよ退院です。ふらふらだし、おなかが痛くてまっすぐ立てないので腰の曲がったお年寄りみたいにしてよろよろ出口まで行きます。外は晴れていていい感じの天気。タクシーでとちゅうこどもをナーサリーでピックアップして帰ります。
家に帰ると5時過ぎ。よろよろしつつソファーに座るとああやっぱり家はいいねぇ。暖かい緑茶をもらって一休み。わたしの夜ご飯は日本で買ってきたフリーズドライの雑炊です。お湯を注ぐだけでおいしい雑炊ができてありがたい。今日はこどもが寝た8時過ぎに一緒に寝ました。いつも私のお腹に足を乗っけて寝るこどもも、キックしないようにね、というとでもママにくっつきたいと言うので、手をつないで寝ようと言うとおとなしく手をつないで寝ました。明け方私の布団に入ってきたけど、キックしないは覚えていたようで、私のお腹は無事でした。
2014年8月19日火曜日
8/19ラパロ
4回目のラパロを受けました。まあ4回目といっても前3回は検査だけで治療はしていないので今回が始めての内膜症を切ったり癒着をはがしたりというラパロでした。
プリアセスメント(術前検査)は1週間前にありました。もう4回目なのでだいたいどういう流れで切られていくのか(笑)わかっているつもりでしたが、でもやっぱり全身麻酔はこわくて、検査だけのラパロよりは手術時間も長いだろうし痛みも強いだろうとおもうとやっぱりナーバスになってました。今までの手順とひとつ違ったのが、術前検査の日に消毒ジェルを渡されるのですが、いままではラパロの日の朝か前夜にシャワーをするときにまずその消毒ジェルで洗ってから、自分のシャンプーやせっけんで体を洗うように言われていたのが、今回は2日前から消毒ジェルをつかうように言われたことくらいかな。
術前検査から家に帰るとなんだかだるくてぐったり。ナーバスだからかなと思っていたら、次の日あたりから風邪症状が!手術の前に風邪はヤバイ。キャンセルされるーと思い必死で葛根湯を飲んだりビタミンCを取ったり。月曜日は仕事の予定だったけど、少しでも体を休めようと有給をもらいました。風邪という病気ではあったけどラパロがはいってなければ仕事できそうなくらいには回復していました。なので病欠ではなく有給にしときました。
まあがんばった結果熱もないし咳も時たま「こほん」と出るくらいだし鼻水もたんもない。なのでラパロに望みました。私は11時30分に病院に集合。朝7時までに食事を済ませあとは水を飲んでいいだけで、11時以降は何も口にしてはいけません。絶食はまあ我慢できるけどのどの渇きはねー、片頭痛にもなるし。つらいです。
11時半前に病棟についていろいろ手続きやら、血圧や熱を計って大部屋のリクライニングチェアーをあてがわれました。そこで、手術着に着替えなかは紙パンツと血栓防止用のストッキングだけになります。そこで後は待つのみ・・・。
まず麻酔医が来ました。私はECGがアブノーマルに出るのですが心エコーは健康です、といっておかないとECGでもめられるのでとりあえず言っておきましたが、去年もラパロを同じところでしてるのでまあ話は早くて、OK。その後わたしのあたらしいコンサルタントに会いました。手術当日にコンサルタントに初めて会うって言うのもねー。私の前のコンサルタントは7月の終わりでサバティカという2年間の研究のために病院をはなれることになってしまい、手術を決めてくれたのは前のコンサルタントのレジストラー(チームの一人)なんです。レジストラーはこれから新しいコンサルタントを探してラパロの予約をするねーといっていたのだけど、その分ラパロをのコンサルタントの選択数が増えあっという間にラパロが予約されたのです。今までのコンサルタントだとまあ6ヶ月くらい待ったことでしょう。いいのか悪いのか・・・。
まあ新しいコンサルタントはなんか気のいい女医さんで、親身になってそして正直にはなしてくれました。内膜症や癒着というのは必ずといっていいくらい再発します、と。あああ、わかっているけどドクターから言われると、あうあうあうと涙が出そう。内膜症を切っても早い人だと6ヶ月で再発した人もいるとか。長いと4,5年楽になる人もいたらしい。ろ、ろっかげつですか・・・。それはとりきれてなかったのではないか?と思いましたが・・・。
私は腸にがっつり癒着があるので、目が覚めたときに人工肛門になってる確率はどれくらいあるの?と恐る恐るたずねたら、大丈夫そこまでひどい場合は手をつけずに腸管専門のドクターに再手術をしてもらうので、その確率は限りなく0に近いですといわれました。うーん、再手術?腸管専門のドクター?私の癒着はそこまでひどいのかな。そのコンサルタントも前のラパロから1年弱経って入るのでどれくらい癒着がひどくなっているのか、今回あけてみないことにはわからないそう。まあ痛みもひどくなってるからそうだろうね。
肺気胸疑惑があったのだけど、横隔膜もみてもらえるかと聞いたら、もし病変があっても何もできないけど見るのはルーティンだからみるよ、何かあったら胸部外科のしごとだから紹介状書くねといってました。
仕事はまあ2週間は休むことになると思うといわれ、私は午後2番目(というかそのコンサルタントは今日2人の患者がいる)で大体3時半ごろになると思う、そして手術は1時間半か2時間くらいかなといって、そしてコンサルタントは去っていきました。
あとは時間をつぶすのみ。本を読んだり旦那にメールしたり。その間何人かの患者さんたちがラパロに行って帰って来ました。もう一人のコンサルタントも平行してやっているようです。たぶんあちらの人たちは検査だけのよう。1時間もしないうちにあっという間に帰ってきて、帰って来てすぐリクライニングチェアーにすわりトーストと紅茶を飲んで一服している。ああトーストのいいにおい~。帰ってきて1時間もしないうちにもう家に帰っていく人もいた!すごい体力だなー。私は去年検査だけのラパロだったけどまあ始まりが5時半だったって言うのもあるけど、1泊しました。ぐったりでそんなすぐに帰るなんて無理。
そして4時前になって私の番が来ましたー。旦那に今からだよとメールを送り、枕を持って手術室までナースに連れられて歩きます。結構な距離でした。階段も下りたし。絶飲絶食の身にはちょっとだるい。そして手術室の手前でもう一度名前やアレルギーの確認、私が自分でどういう手術を受けるかわかっているか確認。そしてナースとお別れしていよいよ手術台へ。
中に入ると寒いくらいで、麻酔医の人が執刀医やスタッフが居眠りしないように寒くしてあるのよーとか冗談を言いながら、手術台の上にのった私に毛布をかけてくれました。そして気づいたのですが、コンサルタント、アシスタント、麻酔医、麻酔医のアシスタント、パソコンで何か管理している人すべてアジア(たぶんインド)系。麻酔医の人が私の出身地を聞いてから、インドの映画見たことある?とか聞いてきて、あんまりないというと日本を舞台にしたインド映画があるんだよーといってました。まあこんな状況でなければなんていうタイトル?今度見てみたいとか言えたんだけど、なんせ私は体中にいろんなコードがつけられ始め切られる秒読みって感じだったので余裕がなくてあんまり何もいえませんでした。そして手にカニュラ(薬などを入れるために血管に通す管)がつけられました。まず今まで飲んでいなかったのですいぶん補給の点滴を入れ、もうひとつの管から吐き気止めを入れました。まだ麻酔入ってないから眠くならないんだよーといわれながら、麻酔入れる時は入れるって言ってね、って言おうとしたら、今から痛み止め入れるよといわれ、薬が入ったら、目がぶわっと曇り、目が開けていられなくなり、痛み止めって言ったじゃん、麻酔なの?と聞こうにももう何も言えずそのまま眠りについてしまいました。眠りにつくとき大丈夫?大丈夫?ときかれてたけど、大丈夫じゃないよー。
そして手術が終わり、終わったよー目を開けてーとか言われていたけれどなかなか目が開けれず、意識が遠のいたり、誰かの声が聞こえたり。遠くのほうで、痛いんだと思う、トラマドール入れてという声が聞こえその後でまた眠くなり。その後聞こえたのは31病棟に行くよと言う声。31病棟と言うのは婦人科病棟で一泊する場合その病棟に行く。意識は薄いのにああ今日はやっぱり泊まるのかーと思ったのを覚えている。そしてそのままごろごろベッドで引っ張られていった。
まだ病棟に着く前だと思うけど、旦那とこどものこえがした。まだ私は目が開かなくて意識は朦朧としていた。でも声はなんとなく聞こえた。なんだか心配そうな旦那の声とこどもが「ママー」と呼ぶ声。手に誰かが触れた。そしてまたベッドが動き病棟に着いた。なにかいろいろやっいたけれど、誰かが家族を呼んでと言って旦那とこどもが入ってきた。私はまだ目が開かない。こどもがママーと呼ぶのでがんばって目を開けようとするけれど、うっすらとこどもが着ている赤いTシャツが見えたくらい。答えてあげたいけど声は出ない(酸素マスクがかけられていた)。どれくらい経ったかわからないけど、旦那がもう8時過ぎてるし帰らないとといって帰っていく。私は必死の思いでてを振った。こどもは私の顔を見れてまあ安心したのか元気に帰って言ったらしい(同室のおばさんが次の日に教えてくれた)。
麻酔が効き過ぎたのか、最後のトラマドールのせいか(私はトラマドール(錠剤)を飲むとスゴイ眠くなる、吐き気もする)、私はかなり長く朦朧としていた。ナースが血圧を計りにきたりしていたけど目があかない。結局目が開けれるようになったのは9時半か10時くらいだったと思う。痛み止めはほしいかと効かれたけど、まだ麻酔がたっぷり残ってる感じであまりまだ痛くないとは言ったものの、切れる前に痛み止めを飲み始めておいたほうがいいよと言われたので、パラセティモル(アセトアミノフェン)を2個もらって飲んだ。のどがからからで痛い。そうだった全身麻酔の時は酸素を入れるのでのどが痛いのだった。水を飲むのにコップにストローをさしてもらって飲んだけどまだ麻酔が効いてるのかなかなか口に入らない。ちょっとづつ飲んでは寝る。
その夜はあまり眠れなかった。まあ大部屋(4人部屋)は他の人もいるし寝れないようにできてるのかも。私はできたら眠かったけど寝たり起こされたり、他の人の処置のためなかなか消灯にならず部屋の電気がこうこうとついていたからと言うのもある。目が覚めてみると私は窓際のベッドで、お向かいには50歳くらいの女性、モルヒネの痛み止め点滴をしている(自分でモルヒネを投与できるようになっていてボタンを押すと独特な音がする)。そのとなりには太目のおばさん60は超えてると思う。そして私の隣には髪の毛のないヤセ気味のおばさん。どうやらキーモセラピー(抗がん剤)をつかってるようだ。夜中の2時ごろに60歳のおばさんが急に何か叫びだし、50歳のおばさんの処置をしていたナース二人のうちの一人を自分の娘だと勘違いしたのか、何でこんな時間に病院にいて何をしているのか?と何度も大声でいい何度ナースが私はあなたの娘ではなくてナースで仕事をしているのだと説明しても聞かず。そしてその後はがん治療の患者さんを見てどうして男の人がいるのか?どうして中国人の男の人が部屋にいるのかととんでもないことを言い騒ぎ出した。きっとちょっと痴呆も入っているんではないかと言うような騒ぎ方で、ナースも困っていた。私も眠れなくて困っていた。
こまっていた私にもっと困った状況が起こった。何かお腹の辺りが湿っぽい。術後トイレに立ってないし、まさかもらした?と思ったけど、何かおしっこにしては場所が変。ナースに何か漏れていると言ったら、見てくれて、傷口から液が漏れているわといい処置してくれた。何の液?ときいたら、おなかの中を洗った液だよといっていた。そういえばレジストラーが癒着をはがした後すぐ癒着しないように特殊な液で洗うとか言っていたな。漏れてるって縫い目から漏れたのか?ナースは特に重大なことではないような感じで私のテープをはがし違うコットンで押さえ新しいテープを張ってくれた。そして新しいガウン(手術着)を持ってきてくれてそれに着替えた。トイレに行きたい?と何度か聞かれたがまだいきたくない。
うつらうつらしながら朝が来た。
プリアセスメント(術前検査)は1週間前にありました。もう4回目なのでだいたいどういう流れで切られていくのか(笑)わかっているつもりでしたが、でもやっぱり全身麻酔はこわくて、検査だけのラパロよりは手術時間も長いだろうし痛みも強いだろうとおもうとやっぱりナーバスになってました。今までの手順とひとつ違ったのが、術前検査の日に消毒ジェルを渡されるのですが、いままではラパロの日の朝か前夜にシャワーをするときにまずその消毒ジェルで洗ってから、自分のシャンプーやせっけんで体を洗うように言われていたのが、今回は2日前から消毒ジェルをつかうように言われたことくらいかな。
術前検査から家に帰るとなんだかだるくてぐったり。ナーバスだからかなと思っていたら、次の日あたりから風邪症状が!手術の前に風邪はヤバイ。キャンセルされるーと思い必死で葛根湯を飲んだりビタミンCを取ったり。月曜日は仕事の予定だったけど、少しでも体を休めようと有給をもらいました。風邪という病気ではあったけどラパロがはいってなければ仕事できそうなくらいには回復していました。なので病欠ではなく有給にしときました。
まあがんばった結果熱もないし咳も時たま「こほん」と出るくらいだし鼻水もたんもない。なのでラパロに望みました。私は11時30分に病院に集合。朝7時までに食事を済ませあとは水を飲んでいいだけで、11時以降は何も口にしてはいけません。絶食はまあ我慢できるけどのどの渇きはねー、片頭痛にもなるし。つらいです。
11時半前に病棟についていろいろ手続きやら、血圧や熱を計って大部屋のリクライニングチェアーをあてがわれました。そこで、手術着に着替えなかは紙パンツと血栓防止用のストッキングだけになります。そこで後は待つのみ・・・。
まず麻酔医が来ました。私はECGがアブノーマルに出るのですが心エコーは健康です、といっておかないとECGでもめられるのでとりあえず言っておきましたが、去年もラパロを同じところでしてるのでまあ話は早くて、OK。その後わたしのあたらしいコンサルタントに会いました。手術当日にコンサルタントに初めて会うって言うのもねー。私の前のコンサルタントは7月の終わりでサバティカという2年間の研究のために病院をはなれることになってしまい、手術を決めてくれたのは前のコンサルタントのレジストラー(チームの一人)なんです。レジストラーはこれから新しいコンサルタントを探してラパロの予約をするねーといっていたのだけど、その分ラパロをのコンサルタントの選択数が増えあっという間にラパロが予約されたのです。今までのコンサルタントだとまあ6ヶ月くらい待ったことでしょう。いいのか悪いのか・・・。
まあ新しいコンサルタントはなんか気のいい女医さんで、親身になってそして正直にはなしてくれました。内膜症や癒着というのは必ずといっていいくらい再発します、と。あああ、わかっているけどドクターから言われると、あうあうあうと涙が出そう。内膜症を切っても早い人だと6ヶ月で再発した人もいるとか。長いと4,5年楽になる人もいたらしい。ろ、ろっかげつですか・・・。それはとりきれてなかったのではないか?と思いましたが・・・。
私は腸にがっつり癒着があるので、目が覚めたときに人工肛門になってる確率はどれくらいあるの?と恐る恐るたずねたら、大丈夫そこまでひどい場合は手をつけずに腸管専門のドクターに再手術をしてもらうので、その確率は限りなく0に近いですといわれました。うーん、再手術?腸管専門のドクター?私の癒着はそこまでひどいのかな。そのコンサルタントも前のラパロから1年弱経って入るのでどれくらい癒着がひどくなっているのか、今回あけてみないことにはわからないそう。まあ痛みもひどくなってるからそうだろうね。
肺気胸疑惑があったのだけど、横隔膜もみてもらえるかと聞いたら、もし病変があっても何もできないけど見るのはルーティンだからみるよ、何かあったら胸部外科のしごとだから紹介状書くねといってました。
仕事はまあ2週間は休むことになると思うといわれ、私は午後2番目(というかそのコンサルタントは今日2人の患者がいる)で大体3時半ごろになると思う、そして手術は1時間半か2時間くらいかなといって、そしてコンサルタントは去っていきました。
あとは時間をつぶすのみ。本を読んだり旦那にメールしたり。その間何人かの患者さんたちがラパロに行って帰って来ました。もう一人のコンサルタントも平行してやっているようです。たぶんあちらの人たちは検査だけのよう。1時間もしないうちにあっという間に帰ってきて、帰って来てすぐリクライニングチェアーにすわりトーストと紅茶を飲んで一服している。ああトーストのいいにおい~。帰ってきて1時間もしないうちにもう家に帰っていく人もいた!すごい体力だなー。私は去年検査だけのラパロだったけどまあ始まりが5時半だったって言うのもあるけど、1泊しました。ぐったりでそんなすぐに帰るなんて無理。
そして4時前になって私の番が来ましたー。旦那に今からだよとメールを送り、枕を持って手術室までナースに連れられて歩きます。結構な距離でした。階段も下りたし。絶飲絶食の身にはちょっとだるい。そして手術室の手前でもう一度名前やアレルギーの確認、私が自分でどういう手術を受けるかわかっているか確認。そしてナースとお別れしていよいよ手術台へ。
中に入ると寒いくらいで、麻酔医の人が執刀医やスタッフが居眠りしないように寒くしてあるのよーとか冗談を言いながら、手術台の上にのった私に毛布をかけてくれました。そして気づいたのですが、コンサルタント、アシスタント、麻酔医、麻酔医のアシスタント、パソコンで何か管理している人すべてアジア(たぶんインド)系。麻酔医の人が私の出身地を聞いてから、インドの映画見たことある?とか聞いてきて、あんまりないというと日本を舞台にしたインド映画があるんだよーといってました。まあこんな状況でなければなんていうタイトル?今度見てみたいとか言えたんだけど、なんせ私は体中にいろんなコードがつけられ始め切られる秒読みって感じだったので余裕がなくてあんまり何もいえませんでした。そして手にカニュラ(薬などを入れるために血管に通す管)がつけられました。まず今まで飲んでいなかったのですいぶん補給の点滴を入れ、もうひとつの管から吐き気止めを入れました。まだ麻酔入ってないから眠くならないんだよーといわれながら、麻酔入れる時は入れるって言ってね、って言おうとしたら、今から痛み止め入れるよといわれ、薬が入ったら、目がぶわっと曇り、目が開けていられなくなり、痛み止めって言ったじゃん、麻酔なの?と聞こうにももう何も言えずそのまま眠りについてしまいました。眠りにつくとき大丈夫?大丈夫?ときかれてたけど、大丈夫じゃないよー。
そして手術が終わり、終わったよー目を開けてーとか言われていたけれどなかなか目が開けれず、意識が遠のいたり、誰かの声が聞こえたり。遠くのほうで、痛いんだと思う、トラマドール入れてという声が聞こえその後でまた眠くなり。その後聞こえたのは31病棟に行くよと言う声。31病棟と言うのは婦人科病棟で一泊する場合その病棟に行く。意識は薄いのにああ今日はやっぱり泊まるのかーと思ったのを覚えている。そしてそのままごろごろベッドで引っ張られていった。
まだ病棟に着く前だと思うけど、旦那とこどものこえがした。まだ私は目が開かなくて意識は朦朧としていた。でも声はなんとなく聞こえた。なんだか心配そうな旦那の声とこどもが「ママー」と呼ぶ声。手に誰かが触れた。そしてまたベッドが動き病棟に着いた。なにかいろいろやっいたけれど、誰かが家族を呼んでと言って旦那とこどもが入ってきた。私はまだ目が開かない。こどもがママーと呼ぶのでがんばって目を開けようとするけれど、うっすらとこどもが着ている赤いTシャツが見えたくらい。答えてあげたいけど声は出ない(酸素マスクがかけられていた)。どれくらい経ったかわからないけど、旦那がもう8時過ぎてるし帰らないとといって帰っていく。私は必死の思いでてを振った。こどもは私の顔を見れてまあ安心したのか元気に帰って言ったらしい(同室のおばさんが次の日に教えてくれた)。
麻酔が効き過ぎたのか、最後のトラマドールのせいか(私はトラマドール(錠剤)を飲むとスゴイ眠くなる、吐き気もする)、私はかなり長く朦朧としていた。ナースが血圧を計りにきたりしていたけど目があかない。結局目が開けれるようになったのは9時半か10時くらいだったと思う。痛み止めはほしいかと効かれたけど、まだ麻酔がたっぷり残ってる感じであまりまだ痛くないとは言ったものの、切れる前に痛み止めを飲み始めておいたほうがいいよと言われたので、パラセティモル(アセトアミノフェン)を2個もらって飲んだ。のどがからからで痛い。そうだった全身麻酔の時は酸素を入れるのでのどが痛いのだった。水を飲むのにコップにストローをさしてもらって飲んだけどまだ麻酔が効いてるのかなかなか口に入らない。ちょっとづつ飲んでは寝る。
その夜はあまり眠れなかった。まあ大部屋(4人部屋)は他の人もいるし寝れないようにできてるのかも。私はできたら眠かったけど寝たり起こされたり、他の人の処置のためなかなか消灯にならず部屋の電気がこうこうとついていたからと言うのもある。目が覚めてみると私は窓際のベッドで、お向かいには50歳くらいの女性、モルヒネの痛み止め点滴をしている(自分でモルヒネを投与できるようになっていてボタンを押すと独特な音がする)。そのとなりには太目のおばさん60は超えてると思う。そして私の隣には髪の毛のないヤセ気味のおばさん。どうやらキーモセラピー(抗がん剤)をつかってるようだ。夜中の2時ごろに60歳のおばさんが急に何か叫びだし、50歳のおばさんの処置をしていたナース二人のうちの一人を自分の娘だと勘違いしたのか、何でこんな時間に病院にいて何をしているのか?と何度も大声でいい何度ナースが私はあなたの娘ではなくてナースで仕事をしているのだと説明しても聞かず。そしてその後はがん治療の患者さんを見てどうして男の人がいるのか?どうして中国人の男の人が部屋にいるのかととんでもないことを言い騒ぎ出した。きっとちょっと痴呆も入っているんではないかと言うような騒ぎ方で、ナースも困っていた。私も眠れなくて困っていた。
こまっていた私にもっと困った状況が起こった。何かお腹の辺りが湿っぽい。術後トイレに立ってないし、まさかもらした?と思ったけど、何かおしっこにしては場所が変。ナースに何か漏れていると言ったら、見てくれて、傷口から液が漏れているわといい処置してくれた。何の液?ときいたら、おなかの中を洗った液だよといっていた。そういえばレジストラーが癒着をはがした後すぐ癒着しないように特殊な液で洗うとか言っていたな。漏れてるって縫い目から漏れたのか?ナースは特に重大なことではないような感じで私のテープをはがし違うコットンで押さえ新しいテープを張ってくれた。そして新しいガウン(手術着)を持ってきてくれてそれに着替えた。トイレに行きたい?と何度か聞かれたがまだいきたくない。
うつらうつらしながら朝が来た。
2014年8月18日月曜日
長らく
長いことブログアップしてませんでしたが、いろいろ忙しかったり、日本に3週間行ってたり。帰って2週間後にラパロを受けました。その記録です。次(ないといいけど)のために自分のための記録なので長くて読みにくいと思うけど、よかったらみてください。
2014年5月27日火曜日
血液検査終了
5月15日までがんばってグルテンを食べ血液検査を受けました。そしてその次の週に結果発表。結果はシロ。まあこの検査でシロでもバイオプシーをするとセリアック病と診断される人がいるようだけど、私はグルテンフリーに戻してしまいました。
グルテンフリーに戻すと、あんなに痛かったふしぶしが少し楽になり、どんなにハンドクリームを塗ってもかっさかさだった手がすこしかさかさ度が減ったり(今週は先週より寒くなったのに)。いろいろ考え付かなかったところが改善しています。おなかの張りも2,3日で楽になり始めました。ただ、グルテンの入ったものを食べてしばらくすると吐き気がするのが困ります。そのたびに、バイオプシーを受けなくていいかと心配する自分と、いったいなんで?もしかして私は血液検査でシロバイオプシーでセリアック病と診断される人たちのグループなのか?といらいらする自分がいます。
来週にでもGPに行って来ようかなぁ。でもバイオプシーをするとなるとまたグルテンを食べないといけないしなぁ。ジレンマです。
グルテンフリーに戻すと、あんなに痛かったふしぶしが少し楽になり、どんなにハンドクリームを塗ってもかっさかさだった手がすこしかさかさ度が減ったり(今週は先週より寒くなったのに)。いろいろ考え付かなかったところが改善しています。おなかの張りも2,3日で楽になり始めました。ただ、グルテンの入ったものを食べてしばらくすると吐き気がするのが困ります。そのたびに、バイオプシーを受けなくていいかと心配する自分と、いったいなんで?もしかして私は血液検査でシロバイオプシーでセリアック病と診断される人たちのグループなのか?といらいらする自分がいます。
来週にでもGPに行って来ようかなぁ。でもバイオプシーをするとなるとまたグルテンを食べないといけないしなぁ。ジレンマです。
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