2013年10月21日月曜日

術後5日開通(笑)

昨日の夜もうちょっとチョコレートを食べておいたせいか、今朝、決着がつきました! ただちょっとつらかったので、切れました(泣)。切れると次がこわいですね。すいませんこんな話で。

これを踏まえて、次のラパロ等の手術の時など、コディンを使う時はもう少し動いたり、チョコレートやプーアールティーの導入を早めにしようと思います。次ぎ、あるんだろうなーやっぱり。

あるならあるで、覚悟を決めて、準備をしておけばいいんだよね。心の準備も環境の準備も。妊婦のときにはいていたお腹周りの大きいレギンズも捨てようと思っていたんだけど、冬におなかが暖かいからとっておいたら、まさかラパロ後にこんなに役に立つと思わなかったので、術後専用にとっておくことにしよう。病院に持っていくかばんはひとつ専用のを決めて(何か病院の匂いというか気が染み付くような気がして)おこう。もう捨ててもいいかもでもまあ見た目OKと思うパジャヤマも病院専用にとっておこう。とりあえず次は有りそうだし。

内膜症がある人って結構頻繁にラパロしてる人がいるみたい。私もそうでないといいけど、準備をしておけば必要なくなるような気がして。イギリスでは子宮内膜症の団体がオンラインフォーラムをしていて、そこに参加してみた。私は毎月痛みでつぶれそうになっていたけど、そのフォーラムには私よりつらそうな人がわんさかいて、ラパロ3回もしてもううんざりと思っていたけど、もう10代の頃から何回も何回もラパロを受けてる人がいて、すでに10回を越えてる人がいることがわかった。内膜症ってやっぱりなおらないんだなぁと思った。どうにかうまく付き合っていかないと、閉経までやっぱり後10年くらいはあるから、私もまだまだラパロを受けることがあるんじゃないかな。・・・と思っていれば、受けないような気がすると思っている私がいる・・・。めんどくさい私なのである。

さて今日は、火曜日から仕事に復帰(車通勤)なので、車の運転をしてみようと(旦那は運転しません)、家から20分くらいのところにあるショッピングセンターに行くことにしました。日曜日の朝はすいてるのでまあ大丈夫だろう。旦那の靴が駄目になったし、これから雨がよく降るのにこどもの長靴に穴が開きそうだし、よく面倒を見てもらった御礼に靴と長靴をプレゼントしカフェでおやつでも食べようと御礼をしたくて行くことにしました。

無事に着き靴も長靴も無事に買え、カフェでおやつを食べ、ちょっと買い物をして帰り道。疲れたのかちょっと危険なところが2箇所。慣れた道なのに違う車線にいる! と言うのが一回。やっぱり疲れてる。家に帰って、昼ごはんは旦那まかせでした。無事に帰れてよかった。

術後4日目土曜日初外出

術後4日目ですが、まだお通じがありません。コディインを飲むと便秘になりますが、やっぱり便秘になったようです(泣)。便秘、日本ではよくなっていて、1週間でないなんてざらでしたが、イギリスでは快便。水(硬水の地方です)が快便にしているのではないのかなーと思うんですが。

便秘になった場合、1、チョコレートを食べる。それもかなりたくさん。板チョコ1枚くらいぺろりと。たぶん私チョコレートがあわない体質なんじゃないかなー、チョコレートをたくさん食べると必ずでます(笑)。2、プーアールティーもしくはウーロン茶を飲む。何杯か。まあここまでしなくてもチョコレートでOKなんですが。イギリスにいても便秘中だった妊娠中はプーアールティーをよく飲んでました。チョコよりヘルシーかと思って。

ちょうどもらい物の板チョコ(ダーク)が家にあったので、ここぞとばかりに食べました。でもチョコレート、片頭痛のトリガーなんですよねー。でもチョコレート大好き。それも大好きなダークチョコ。片頭痛になってもこわいのでちょっとずつ食べました。まず1/4くらい。

でもまだのようです。でもおなかがぐるぐる言い出したのでもうすぐ・・・。

今日は土曜日で旦那もこどもも休みなので、外出してみることに。最初は車で買い物に行こうかと思っていたんだけど、やっぱりそこまでの元気はなく、お昼ご飯の後、近所を散歩。30分くらいの予定でしたが、休み休みいったのでトータルでは45分くらい外にいたかな。うちの近所には自然の川と運河があって、運河にはナローボートが通るのでナローボートが運河を登ったり降りたりする用のロックがあります。そこをロックを開けたり閉めたりしてボートが通っていたのでこどもが釘付けになっていて(笑)、そこでしばし立ち止まっていました。

まあ散歩を休憩というか中断して楽だったかな、それともずっと立っていないといけなかったので、つらかったのか自分でもわからないくらいだったのですが、家に帰ってきたら、昼寝しない(と言うか体調が悪くないと昼間は寝れない)体質なのに、ソファーでいつの間にか意識を失うように昼寝(笑)。ぐったりだったようです。体力回復してなーい。やっぱりだらだらの毎日がいけなかったか・・・。

このあたりから、傷跡のなかのあたりが時々ちくちく痛みます。これは傷がなおろうとしている痛みだと思います。まあ時々だしたいした痛みじゃないし我慢できるくらいなので、もう痛み止めも飲んでいません。

術後2日目

旦那は仕事に戻るしこどもは学校だしで、私は日中一人。まあ傷口の痛みは痛み止めで何とかなってるし、ガスの抜ける肩の痛みはなるべく動かなければまあ何とか我慢できる。ときどきううっってなってるけど。

ネットで日本のテレビを見たり、本を読んだりしながらだらだらと一日をソファーの上で過ごす。昼ごはんは冷凍ご飯を温めて、つくり置きのおかずを温めて簡単に食べる。一人でも楽チン(笑)。

あんまり動かないので食欲もあんまりない。まあ術後2日目なんてそんなもんかなー。日本だとまだ入院中だよね。前回は感染していたから、2日目あたりに結構熱が出てだるかったけど、今回は大丈夫そう。微熱っぽいけど、高熱って感じではない。傷口の当たりも前回のように熱を持っていたりしていないし硬くない。脂肪で柔らかーい(泣)。順調に回復しているようです。

2013年10月14日月曜日

ラパロ術後1日目

退院して、家に帰ったら12時前。今日からシャワーを浴びてもいいといわれてたので、こどもが帰ってくる3時までにはシャワーを浴びていたいなと思ってました。病院からもらった痛み止めの薬はコーコダモル。パラセティモルにコディインが入っているものです。病院ではパラセティモルだったのに家ではそれよりちょっときついやつを飲むの?まあいいや。でもコディインって便秘がちになるんだよねー。このコディンとナプロキセンもしくはイブプロフェン(自前)を飲むよういわれました。

昼ごはんは旦那が温めるだけの(笑)を作ってくれたし、まったりとした後、シャワーを浴び、私が出たのを確認してから、こどもをむかえに行ってくれた。学校は3時に終わるので、家から2分のところにあるので、まあ3時前にでれば間に合います。

シャワーで体を洗うとなんだか体についてた病院の空気が洗い流されたようで気分がよくなった。ついでにヨーチン色だったお腹も気をつけながらごしごし洗ったら、黄色いお湯が流れていった(笑)。シャワーをしたときに大きな絆創膏をとり傷口をお湯で洗いました。前回より傷口が大きい感じ。でべそっぽい。まだ腫れてるんだな。下の縫い目もナマナマしー。とける糸で縫ってあるそうなので抜糸はなく10日くらいでとけるそう。10日たっても縫い目が残っていたらGPへ行ってとってもらいなさいといっていた。私としてはとけない糸で縫ってもらって1週間後に抜糸をしてすっきりしたいんだけどな。とけるの時間がかかるよ。10日じゃとけない様な気がするんだけどなー。体質にもよるのかしら。絆創膏はシャワーをしたらもうはずしてしまっていいといっていたので、はずして下着をつける。おへその傷に当たらないようにデカパンを用意。なんだか心もとない・・・。

着替えもゆっくりして、下の階にゆっくり降りてきた頃にこどもと旦那が到着。前回ラパロの時は術後感染してしまったのでかなりつらかったのだけど、今回の楽なこと。でも肩がいたーい。お腹もまだガスで膨らんでる感じです。

しばらくソファーに座っていたけど、立ち上がったり歩いたりすると、おへそのとこの縫いめの糸が下着に引っかかって痛い。やっぱり絆創膏を貼ってこよう。家にあった大きい絆創膏を貼る。下のほうの縫い目はなんともないのでそのまま。

縫って結び目の切ってあるところが結構長く残してあって、それが邪魔っぽいんだよねー。

まだまだお腹の痛みと肩の痛みは取れそうにありません。

2013年10月13日日曜日

10/8ラパロ後病棟で―ラパロの診断

手術室ではかなり痛かったものの、パラセティモルの点滴が効いてきたのか、旦那とこどもが帰ってからしばらくして一眠りするとおなかの痛みはだいぶ我慢できるくらいになりました。がまんできないのは肩の痛み。動くとウギャーと痛い。目が覚めたのは隣のベッドの人のアラームがなり始めたから。どうやら点滴の管が外れてアラームがなりはじめたようです。ナースが来て処置をしていったのですが、目が覚めてしまいました。夜10時ごろです。水を飲んでトイレに行かなくてはと思い、水をがんばって飲むのですが、なかなかトイレに行きたい感じがしません。

肩が痛くて、しょうがないので、ナースに痛み止めをもらうとアレルギーがいろいろあってきつい痛み止めの飲めない私はパラセティモルとイブプロフェンくらいしか飲めません。イブプロフェンは空っぽの胃では飲めないので、何か食べないといけないよと言われ、何か食べれる?と言われ、あんまり食べたくないけど、痛み止めのためなら食べてみると言うと、じゃあスチューデントナースにキッチンに行って何があるか見てきてもらうわねと言って行ってしまった。スチューデントナースがトーストなら食べれる?と聞くので食べると言うと持ってきてくれました。この人スチューデントだったのか。ほかの人とユニフォームが違ったから、偉い人なのかと思ってた(笑)。ほかのナースよりかっこいいユニフォームだったからさ。

トーストを食べたら、5分位したらイブプロフェンを飲んでねと言ってカッコいいユニフォームのスチューデントナースは去っていきました。トースト、薄っぺらいイギリスのトーストを2枚食べるのに30分はかかり(肩も痛くて腕があげにくいし、食べるのって体力使うね)、この5分待つ間にトイレに行ってみようかなーと思い、ナースにトイレに行ってみようと思うんだけどと相談(笑)術後最初にトイレに行く時はナースコールを押せと言われていた。ベッドサイドテーブルにイブプロフェンが残っているのを見て、薬をテーブルに置きっぱなしにしないでほしいの(ほかの人が飲んだりして事故が起こってはいけないかららしい)と言われ、結局トイレに行く前に飲んだ。

すっかり忘れていたけど、私のおまたにはでっかいナプキンが挟まっているだけであったのです。ナースが、新しい紙パンツと普通サイズの(それでもでかい)ナプキンをくれました。トイレまではそのでかいナプキンをまたに挟んだまま落とさないように歩かないといけません(笑)。落とさないでいけるかしら?とかそんなことをナースに言ってしまった私、やっぱりぼけてんね。ナースも笑って大丈夫よとかいってたけど返答に詰まっただろうね。ナースについてきてもらってトイレに行って大正解。かなりふらついてて、一人だったらかなり危険だったと思う。私の部屋はBay1だったんだけど、トイレはBay1,Bay2の部屋の隣にある。たったそれだけなのに手術後ってこんなに歩けない。ヘロヘロのボーっって感じで、ナースに支えてもらって、トイレに到着。終わったらコールを押してね、絶対だよ。と念を押される。行動がちくいちスロー。お腹を見ると大きな絆創膏がおへそとその下に2枚。このあたりを切ったんだな。そしてお腹から太ももの上辺りまでヨーチン色になっている(笑)。何とかトイレを終えてナースコール。

帰りは行きより自分で歩けたかな。廊下の手すりも使って。お腹も1,2回目のラパロのときよりだいぶ楽な気がするし、肩さえ痛くなければいいのになーとおもいつつ、ベッドに戻る。トイレに行って動いたから、肩の痛み倍増(泣)。

隣のベッドの人の具合がどんどん悪くなっているようで、急変を知らせるアラームやらエラーのアラームがなりっぱなし。向かいのベッドの人はかなり痛みがあるようでしょっちゅう痛み止めを飲んでいるみたいだけど、まだ手術とかはしてないみたいで身軽に動いていて、隣のベッドの人の面倒を見ている。私はまだ術後直後で使い物にならず申し訳ない。

隣の人は手術後のようで、麻酔が合わなかったようで、胸や肩の痛みを訴え、呼吸がかなり速くつらそう。モルヒネを入れているけど、それでも痛みが強いらしい。カニュラがすぐ抜けてしまうらしくそれでエラーのアラームがなるらしい。ナースコールのボタンがどこかへ行ってしまい、向かいのベッドの人がいなくなったときに私にナースコールを押してとたのまれて以来、エラーがなると、押しましょうか?と言うようになった。まあエラーのアラームがなると目が覚めてしまうから、押すのはかまわなかったんだけど。でもそれがもうずーっと夜中まで続くことになるとは。

夜中でも血液検査をしたり、医師が診察に来て、麻酔が合わなかったせいで、胸の中で出血してしまったらしくひょっとしたらICUへ行くことになるかも、もしくはもう一度手術と言う状況で、医師がなにやら注射を打った。その注射を打った直後吐き気が強まったらしく戻していたが、吐き気止めを打った後くらいから、呼吸が少し収まってきて(それでも早いほうだったけど)、少し楽になったみたい。それでそのままこの病室に残って様子見だったんだけど。

それらの処置が終わったのが夜中2時半ごろ。向かいのベッドの人はすごく言い人で、隣のベッドの人の横に座り(まあ目がさえちゃってたし)かなり長いこと話をしていて、落ち着かせてあげていた。その話し方が本当になんか落ち着く話し声で、私はいつの間にか寝入っていた。

明け方隣の人のアラームが鳴り響くまで(笑)。どうやらモルヒネが空になったようだ。モルヒネの点滴の交換は主任ナース(だと思う)の人とナース二人で、確認の嵐のような感じで行われていた。空になったと言ってもホンノちょっぴりは残っていて、その残りも何ミリリットル残っていると記録していた。モルヒネだけに管理厳しいようです。

私はトイレくらいなら自分で廊下の手すりを頼りに行けるようになり、水も部屋の飲料水をコップに自分でくめるくらいに回復し、おなかの縫った傷と肩の痛みがつらいくらいでした(後、寝不足)。

朝ごはんはセルフサービスなんです!トイレより遠いデイルームまで歩いていって、トーストは自分でトースターに入れて焼くし、紅茶は自分で入れる(ティーバッグだけど)。トーストをもさもさ食べてると月曜日に(何らかの)手術をしたのと言う50代くらいのおばちゃんと同席しました。昨日までは尿の管が入っていたからなんでもベッドの上だったけど、やっと自由になれたわと喜んでました。結構元気そう。

トーストを食べた後、家に電話したり、職場に電話したり。退院を待つばかりなので、かなり暇です。ベッドに戻ると夜勤のナースから交代したらしい日勤の新しいナースの人たちが来てました。あなたは今日退院するのよね?ときかれたので、ええお願いします(笑)、というと、もうドクターには会った?ときかれたのでそういえば会ってないと言うと、じゃあドクター探してこなきゃと言って戻っていきました。

ドクター、手術に立ち会ったドクターではないけれど、私の担当医のチームの一人であると言うドクターがカルテを持ってやってきました。そして手術の結果をおしえてくれました。

癒着がかなりありました。子宮内膜症はすこしありました。ダグラスかに診られました。あとは(どこどこと言っていたが忘れちゃった)。内膜症より癒着のほうがたくさん見られたようです。癒着の下に内膜症がないとは言い切れないけれど。3ヵ月後に外来の予約が入るので、そのときに癒着をはがす、内膜症を取る手術をするという内容の相談があると思います。と言われました。

出たかー子宮内膜症。とうとう出たかー。これで私もオフィシャルに子宮内膜症患者だ。10年慢性骨盤痛と戦い、ラパロ3回目にして内膜症を見つけてもらえました。とこれが私の感想。ショックよいうよりは、ああやっぱりね、やっとみつかったかって感じ。だってもうめちゃくちゃ痛かったし。今まで見つからなかったのがおかしい。見つけてくれてありがとうって感じです。だからって痛みがなくなるわけじゃないけど、これで何もありませんでしたっていわれたら、精神的に狂うところです。

お向かいのベッドの人は婦人科の診察へ行きました。痛みがつらそうだった。早くよくなるといいな。隣のベッドの人とは帰る前にちょっと話せました。見たらほっぺがちょっと赤みがでてきて、まっちろだった昨日の顔色とは違いかなり楽そうでした。お隣さんも3回ラパロをして、内膜症があったらしくレーザーでとってもらったそうです。レーザーでとってもらったらかなり楽になったよといってくれました。望みが出たところです。お隣さん、私よりたぶん4,5歳年上だけど、お子さんが3歳とのこと。できるのにかなり時間がかかったのよねーと言っていた。

旦那に電話してむかえに来てもらいました。やっと家に帰れる。帰ったらお昼かなー。

10/8ラパロ手術室へ

チームリーダーのナースに連れて行かれて手術室へ。時間は5時20分。自分で枕を持っていくのがなんだかおまぬけで笑えます。11病棟から手術室までかなり歩きました。階段を下りて、渡り廊下を渡って・・・結構遠いですねと言ったら、「帰りはストレッチャーで帰れるから歩かなくてすむから大丈夫だよ(笑)」と言ってました。確かに。

手術室の前の待合みたいなところでナースと待っていると、前の人が終わったのか、執刀医が出てきて、ディクタフォンに前の人の症状をぶつぶつ録音しながら、うろうろしていた。まあ質問できる雰囲気ではないな。でも前の人の症状が私に丸分かりではないか。かなりひどそうな内膜症と癒着具合だ。

チームリーダーのナースに先生は手術と手術の間に休憩する時間はあるの?ときいてみたら、まあ今日の手術はマイナーな手術だし、処置の時間中は休憩できるしそんなに疲れてはいないから大丈夫よ。今日はあなたで5人目。とまあそんな感じだそうです。今日は午後中ずっとラパロをしてたみたい。でも診るだけのラパロしかしてないからそんなに疲れてないから安心して。ってことでした。

麻酔医の二人がきて、でもダニエルではない人たちにまた質問攻め。アレルギーの有無や、体にボルトが入っているかいないか、入歯があるかないか(口をあけて確認)、などなどいろいろ確認。最後に同意書のサインをまた確認して。そしていよいよ手術室へ。

中に入ると再び名前と生年月日を確認、病院番号も腕輪で確認。確認の嵐で、患者取り違えを防いでいるようです。確認が済むと手術台の上へ自分で乗ります。手術着の後ろの紐を解いてもらって、台の上へ寝ます。持ってきた枕も頭の下へひいて。手術の時間はどれくらい?と聞くと、はっきりとはわからないけど、大体、30分、いや、45分くらいかなー?とまあ空けて診るくらいだからそれくらいなんだろう。そういえば、さっきダニエルが、手術の時間より前後の処置の時間のほうが時間がかかるのよね、と言っていた。

左手をだらりと下げさせられて、べしべし手の甲をたたかれて、カニュラ(点滴を入れるための管)
を刺すために血管を浮かせる。この針を刺すときが一番痛かったくらい。まあたいしたことはないけれど。退院する前に抜いたのだけど、入ってるのはプラスチックのふにゃりとしたやわらかい細い管だったーだから痛くないのだね。前回の時は針だったと思う。動かすたびに痛かったし。医学の進歩?

カニュラが入り、血圧計が右腕に巻かれ、サチュレーションを測る機械が指に挟まれ、さあ準備万端です。酸素マスクを渡され、これをすっていてと言われる。では今から麻酔を入れますねと言われ、カニュラに点滴をセット。

1回目の麻酔がかかった時は、麻酔医の人が今から眠くなりますよ、と言われて、冷たいものが腕に入ってきたと思ったらがっと意識がなくなり暴力的でこわかった。2回目の時は麻酔医が何も言ってくれなくて、いつの間にか麻酔が入っていて、いつの間にか意識がなくなっていて、手術が終わっていたのですごくいやだった。いつの間にか意識がなくなるのって結構恐怖だ。だから今回は麻酔医のダニエルに、麻酔を入れる時に今から入れますよって言ってねとお願いしてあった。でもそういえばダニエルがいない。

あわてて麻酔医にもう麻酔が入ってるの?と聞くとそうだよ、といわれ、何か楽しいことを考えてね。といわれる。何か、楽しいこと・・・?と返事をする前に意識がなくなった。麻酔がゆっくり効いていったようなきがする。ゆっくり効いて行ったので、がっと効いていくより暴力的でなく、優しくて、とてもよかったと思う。

目が覚めたとき、ゲホゲホ咳が出て、ちょっと過呼吸気味だった。息が速くなってしまったけど、心電図は大丈夫みたいだったようで、周りの人が精神的なものだといってるのが遠くで聞こえた。それで、あぁ過呼吸になったんだと思ったくらい。でもだんだんおさまっていって。おなかが痛いのと肩が痛いくらいで、吐き気があまりない。そういえばダニエルが吐き気止め2個入れとくねといっていた。そのおかげかな。結構楽だ。

目が覚めてかなりはじめのほうに言った言葉が「めがねとってください」私極度の近眼なんです。めがねをはめてもなんだかぼやけている。なんだかよく見えないというと、麻酔のせいだよといわれる。そういえば一番初めのラパロの麻酔からさめたとき視界が一時期白黒だったんだった。

10分もすれば段々ピントが合ってきた。壁にかかっている時計が見えてきて時間は7時半ごろ。麻酔からさめると痛いのはのど、肩、お腹。そしてなぜか太ももががくがくする。そして寒い。のどが痛いのは人工呼吸器を入れるからしばらくは痛い。肩はラパロ中おなかにガスを入れてお腹を膨らませて臓器がよく見えるようにするため、そのガスが抜けるのがなぜか肩から抜けるので肩が痛いのだ。お腹はやっぱり器具が入ってごちゃごちゃしたし縫ったあとが痛い。太ももはなぜだろう。麻酔のせい?寒いといったら、ブランケットを余分にかけてくれた。熱を測ってくれたけどまあ大丈夫だったらしい。私が痛いといっても、かなり痛いと血圧がかなり低くなるのらしい、でも私の血圧は標準範囲。きっと私はいつも痛いのできっとそのせいだろうといわれる。でも痛いのなら、モルヒネを打てるけど、モルヒネを打つと今日は泊まってもらう事になるよ。今日、帰るつもりでいる?といわれたので、帰りたいですといったら、パラセティモルを点滴で入れてくれた。

だんだん周りが見えてくる。ふっと隣を見たら、私の前の前にラパロに行った人がいた。酸素ボンベがあったりなんだか大変なことになっている。私より年配の人で、どんな処置があったのか知らないけど、今日ラパロを受けたってことはマイナーな診てもらっただけのラパロだったんだろう。私がラパロ中ずっとそこにいたのかしら?

手術中って、どういう格好をしているのかな。手術着の後ろの紐を解いたので、すっぽんぽん?上半身は診る必要がないから下だけすっぽんぽん?パンツは使い捨てのが脱がされていて大きなパッドがあてられていた(出血するから)ので、下はすっぽんぽん?おへその辺りだけ囲って開けてあるのかしら。その部分は全身麻酔中だけに未知の部分です。

麻酔医が11病棟に電話しているともう閉まるというので、31病棟(婦人科の入院病棟)に行くことになりました。ストレッチャーに乗せられて、かなり長い道のりを運ばれたと思います。病棟に着くとBay1という病室に入れられました。4人部屋で、私のほかに2人の患者さんがいました。

ストレッチャーから病室のベッドにうつるのに、板みたいなのの上にのってスライドさせてベッドに移してもらえるらしくその準備がしてあったけれど、ナースに自分で移動できそう?ときかれたので、やってみるといい、そろりそろりとやってみるとまあ何とか移動できた。上半身を起こした状態のベッドに休ませてもらい、ああ旦那に電話しなきゃ、と思うがかなりだるくて眠い。熱を測ったり、血圧を計ったりされ、この時間ではたぶん今日は泊まりだろうね、とナースにいわれ、え?帰れないんですか?(だってモルヒネ打ったら帰れないから我慢したのに!)帰る予定だったんですけど!といったら、まあしばらく休んで、何かおなかに入れて、トイレに行っておしっこが出るまで待っていたら、夜中になっちゃうからねぇ。泊まっていったほうがいいと思うよ。と言われた。それがショックで、電話の入っている、私のかばんがどこか聞こうと思ったのだけどすっかり忘れてしまった。そしてうつらうつら・・・。

しばらくしたら、ナースが来て、旦那さんから電話がかかってきてるけどと言われ、ああ電話すると伝えてくださいと言ったら、ナースが行ってしまった。しまったかばんがどこか聞くの忘れた。ボーっとする頭で、あちこち見るが見当たらない。ああ眠い。また眠ってしまいそう。ボーっとした頭でいると、どこからか聞きなれたこどもの声がする。

あれ、旦那とこどもがいる。まさか、まだ電話してないし、家からここまでタクシーでも30分はかかるのに。後から聞いたところによると、私が手術前に、今すぐ家に帰ってこどもをむかえにいって家で待機していて、と言ったときに、家に帰って私の携帯の充電器、こどものおもちゃ、夕食になりそうなパンやビスケット、飲み物など、を引っつかんで、こどもをむかえに行き、こどもをつれて、バスで病院に向かったのだそうだ。病院に着いた時点で、7時過ぎ。そこで、こどもに夕食を食べさせ(病院の喫茶店は7時で閉まると確認してあったらしい)、7時45分ごろ11病棟に電話したら、手術が終わり31病棟に行ったといわれ、私が電話すると言ってると言われたらしい。でも私はボーっとしてたし、電話の入ってるかばんがどこかわからなかったし、ちっとも電話がかかってこない。5分たっても電話が来なかったから、31病棟へ自主的に来たんだそうです。

この時点で面会時間の8時を過ぎており、でもこどもは私にあえて少しほっとしたようで、でも興味津々の5歳あちこち見たくてしょうがなくじっとしてない。旦那は私の様子を聞きだし、私が大丈夫そうだとわかると、てきぱきとかばんを捜し当て、携帯を出して充電器につないでくれ、今日のこどもの様子をかいつまんで教えてくれ、名残惜しいけど、こどもは明日学校だし、面会時間はすっかり過ぎているし今日は泊まりみたいだから帰ったほうがいいね、と言う。そうだね、私はボーっとしてるし帰れないなら使い物にならないし(笑)。こどもにぎゅーっと片手でして、「今日はママ遅くなっちゃったから帰れないけど、結構大丈夫だから明日学校から帰ってくるころにはお家に戻っていると思うよ。ダダ(お父さんのこと)のいうことをよく聞いて、おりこうにお家に帰って、いっぱい寝るんだよ。また明日ね。」とお別れをしてこどもも病院の病棟という(めったにこれない)興奮している(?)状況で、「うんわかった、バイバイ」と言うなんともまああっさりとした、寂しいようなほっとするようなお別れでした。

2011年にこの子が生まれてから一度ラパロをしてるので、私が病院でお腹を切ってカメラを入れておなかの中の痛いところを診てもらう、とういうことを体験しており、違う病院ではあったものの病院のベッドのところまでむかえに来てくれたこととか、ママに出された病院食がママが手術後食べれなくて、自分がおなかがすいてたからちょっと食べたことなど(笑)覚えています。私が毎月お腹が痛くてうめいていると、ブランケットをかけてくれたりするのでこういう治療に協力的というか、積極的に寂しいのをがんばってくれます。

2013年10月11日金曜日

10/8 ラパロ当日

とうとうラパロ。あっとういうまに来ました。朝は6時半起き。いつもと一緒です。旦那とこどもも一緒に起きる時間です。朝ごはんを一緒に食べて、朝のトピラメートを飲んでおきます。この時点で朝の7時。これ以降はお水しか飲めません。

火曜日なので、こどもは朝学校に7時50分ごろに行きます。最近ママが病院にいくということに不安を感じているらしく、今朝はいつもと同じように過ごすことにしました。私は別に出なくてよかったのだけど、いつもと同じように仕事のかばんを持って、いつもと同じようにこどもをせかして(笑)、車に乗せて、旦那と一緒に送って行きました。バイバイのぎゅーをするとなかなかはなれず、先生が連れて行こうとしましたが、ママが病院に行くというのが頭から離れないのか、なかなかはなれません。旦那が私が今日手術だからと伝えると、そうかわかったという感じで心得てくれて、それでも私はもう行かないといけないから、といって離して来ました。がんばってくるねといって。たぶん今日の夜会えるし、今日帰れなくても明日には帰ってくるからね。そういうとバイバイしていきました。こどもに我慢させるのが一番つらいなー。でもかーちゃんが元気になる第一歩なんだ。がんばってくるよ。

そして家に戻ると、10時までにできることをしようと、洗濯を一回回し、消毒ジェルを使いシャワー。なるべく部屋を片付けようとは思うものの、なんだか片付かない。まあ実家の母親が、やり残したことがあるほうがいい(麻酔から覚めるかどうかさまよってるときにやり残したことがあると目が覚めやすい?!)っていってたし、適当に散らかしておこう(笑)。どうせ日帰りだ。とりあえずシャワーと洗濯だけは干そう。

そして10時。バス停まで10分くらい歩いて、大学病院までバスに乗って、大学病院から総合病院行きのバスに乗る。その間約10分待ち時間がある。でもそのバス停が見つからない。バスの時刻表を印刷してきてあって、そこに書いてある説明のとおりにバス停を探すのだけど見つからない。そうこうするうちにバスの時間が来てしまった。そしてバスが目の前を通り過ぎるー。どっからきたのー?大学病院の側からぐるりと回ってきたみたいだけど、時刻表にはその反対側から出るって書いてるのに! そこにいってみるものの次のバスは30分後。そしてそのバスでは15分の遅刻! 病院に電話してみると、名前を聞かれ、「えーあなたの名前は今日のラパロのリストにはないけれどー、でも時間は遅れても大丈夫、ドクターには言っておくからゆっくり次のバスでおいでー」ってリストにないってどういうこと?!でもとりあえず病院まで行ってみたら、受け付けてもらえた。ああ、朝シャワーしたのにどっと汗かいちゃったよ!!

入院受付してくれたナースが黒人のなまりの強い人で、最初慣れるまで大変でした。逆に英語しゃべれる?通訳予約してないわよ?とか言われて、別に通訳はいりません!といっておきました。先週オードリーと一緒にうめていった冊子をもう一回確認していって、アレルギーの確認や(私は薬や食べ物アレルギーがある) 、体内に金属が入っていないか(私は外反母趾の手術でボルトが右足に入っている)、口の中に入歯等がないか(私の前歯4本は差し歯ではずれないー麻酔をかけるときに口に人工呼吸器を入れるので口に何か外れるものが入っているとはずすんじゃないかなー。)、などいろんな項目がある。ラパロは最終が6時まであるそうで、ひょっとしたら帰りが8時過ぎるらしい。そんなに遅くなったりするんだ。8時過ぎたら、こどもが眠くなっちゃうだろうな。結局私のラパロが何時になるのかはその「時」が来ないとわからないのだそうだ。今日の予定ではこどもは3時に学校が終わり、チャイルドマインダーがこどもをむかえにいき6時か7時まで見ていてくれ、それくらいまでに旦那がこどもをむかえに行く。という段取りになっていた。6時か7時ごろにむかえに行きタクシーで病院に私をむかえに来てくれるかな、と思ってたんだけど、なんとこの病棟は8時にしまってしまうらしい。8時を過ぎると違う病棟に移されるらしい。

この病棟は11病棟で、主にラパロ待ちの人がいる。私を含めて7人の患者がいた。そのうちの2人は違うドクターが執刀したらしく私のドクターはそのうちの5人を担当していたらしい。チームリーダーというナースが私をリクライニングチェアーのところに連れて行く。ベッドではなくリクライニングチェアー。大部屋らしくカーテンで仕切られて、そこで服を全部脱いで手術着に着替える。下着は紙の使い捨てパンツ。手術着は後ろで紐を縛るので、ナースが手伝ってくれました。そして椅子に座ってまってると、飛行機に乗るときに履くような圧がかかってる靴下(つま先は開いてる)をはかしてもらう。血栓予防のためです。サイズがいろいろ合って、足首の大きさでサイズを決める。私のは一番小さいサイズだったけど、それでも大きい感じで、あんまり圧が感じられませんでした(いいのかな)。イギリスサイズは何でも大きい。

そうそう、入院患者になると腕に名前や病院番号などを書いたリストバンドをはめられるけど、あれ、赤いバンドだとアレルギーのある人用なんだそうです。私は薬や食べ物にアレルギーがあるので赤い色でした。普通は何色なのかしら?

その後執刀医の先生が回ってきてちょっとずつ話をしてきてました。私のところに来たとき、どう元気?といわれ、何か書類を見ていて、あ、また後で来るからといってどこかへいってしまいじゃあ後で質問をしようと待ち構えていました。その後来たのはレジストラー(執刀医の先生のチームの一人)が同意書、これこれこういう危険(感染症とか万が一の時は回復になるなどのリスク)がありますが、同意しますか?という書類を持ってきて、サインして、それっきり、執刀医の先生は現れませんでした。

だって最初の人が呼ばれていったし、そしたらもう先生は手術室に入ったって事だし、そしたらもう来ないよね。もう!聞きたいこともあったのにな。でもここまで来たら信じるしかないのだ。私の担当の先生はプロフェッサーで、ドクターよりも上でよかったねって言ってくれる人もいて、この先生にかけてみよう、この先生が私の痛みの原因を見つけられないのなら、誰が見つけられるのだ!と思うことにしようと決めたんだから。病は気からって言うじゃないか(笑)

後はとくにすることもなく自分の番が来るのを待つだけ。旦那とテキストメッセージを何度かわす(実況中継)。30分間返事がないと手術に入ったとみなして病棟に電話するといわれて、あわてて返事をする(笑)。私はテキストメッセージ、めちゃくちゃ打つのが遅いのだ。そして私のへっぽこ携帯、家を出る前は充電がいっぱいだったのに、だんだん電池が少なくなってきた。こんなにたくさん一日にテキストメッセージを打ったことないし(笑)。それにしても旦那、仕事中じゃないの?ある時電話してみたら、仕事は昼休みで早退しただと!手につかないからだって!だって私まだまだ手術のみこみがたってないのに?!たーのーむーよー。これから病院に向かうって。だってここ男子禁制だから来ても会えないし。万が一私の手術が遅くなったら誰がこどもをむかえに行くんだよ。職場か家のほうで待機していてくれよ!という私の心の叫びもむなしく、私の携帯の電池はすぐ充電してくださいというメッセージが出て来る。もう切らないと手術終了の電話をかける電池がなくなるのであわてて切る。

4時近くなってもまだ順番が来ないし、そういえば麻酔医がまだ来てない。麻酔医がこないってことは私の番はまだまだってこと。きっと最後かな。レジストラーがきた時リストがちらりと見えて、私の名前が最後にあった。きっとキャンセル待ちの代わりだったからだと思うんだけど。ナースのチームリーダーの人が、手術の順番は執刀医が回ってから、その後にチームと相談して決めるのでナースにもわからないといっていた。なので私が最後ともわからないけど、でもここまで来たら最後っぽい。あと3人残っている。

3人目が呼ばれた時、旦那に電話する。今すぐ家に帰ってこどもをむかえに行って、家でまっていて。手術が終わったらすぐ電話するから。後二人だけど、まだ麻酔医が来ないから私がきっと一番最後だと思う。携帯の電池がもうないから、長く話せない。と切羽詰った声で話すと、わわわかった。といって帰って行った(笑)。スマン旦那様。私は大丈夫だから。こどもをむかえに行ってーあげてー。病院からとんぼ返りさせてゴメン。でもまさかまだ呼んでもいないのに病院に来るとは・・・。

そして4人目が呼ばれていったころ、やっと麻酔医登場。私の名前を見て、あれ、日本人?「ワタシノーナマエハーダニエルデース」とたどたどしい日本語で!日本語を話す麻酔医!こどもの頃日本人のハーフの友達がいたんだそうで、日本語を教えてもらったんだそうです。すごいさばさばしたドラマに出てきそうな麻酔医でした(笑)。私が、2011年歯医者で局所麻酔治療後倒れて、救急車の世話になった、でもその何ヶ月か後、アドレナリン抜きの局所麻酔で歯医者の治療を続けた。そして2011年アドレナリン抜きの全身麻酔でラパロをしてなんともなく、2012年、アドレナリン抜きの局所麻酔で外反母趾の手術をしてなんともなかったので、アドレナリン抜きの全身麻酔ってできますかー?と聞いてみたら、「アドレナリン抜きの全身麻酔なんてないのよね」といいじゃあこの前のラパロで使った麻酔は何だったんだろう、と聞くと、「まあそのときのカルテも見てみるけど、アドレナリンは心停止とかしたときに生き返らせるために(?)打つ薬で、麻酔にいれる物ではないんだよね。もしかしたら薬の名前の聞き間違いじゃないかな?」と驚きの言葉。まあ私の聴き間違いならいいんだけど、2011年のラパロのときの麻酔医はアドレナリン抜きの麻酔でお願いといった私に「わかった」といったのだ。

ダニエルは私が2006年のラパロ後にかなりの吐き気を感じたことに、吐き気止めを2ついれてくれるといっていた。ECG異常の話もじっくりと聞かせ聞いてくれ、ダニエルはすっかり満足したようで、私のラパロもキャンセルされることもなく執行されるようです(笑)。

そして電話がかかってくる。この電話がいやだ。初めわからなかったんだけど、ナースカウンターにかかってくる電話。次はだれだれを手術室に、って言う電話がかかってくる。そして、チームリーダーがその人のところへカルテをもってそっと行き、さあ行きますよ、という。まるで刑の執行のよう(笑)。まさにその「時」がこないとわからない。私はそれを最後まで見届けたのです・・・。

そしてとうとう私宛の電話もかかってきました。緊張のあまりトイレに行きましたが、でるものもでません(笑)。チームリーダーがカルテの束を持ってきて、確認をはじめます。名前、生年月日の復唱。病院番号の確認。同意書にサインをしましたか?これはあなたのサインですね。アレルギーの確認。などなど。

そして枕を持って(笑)、手術室へ行きます。歩いていくのです。もう戻ってきて、回復にいそしんでいる(紅茶やビスケットを楽しんでいる人たち!)を見ながら、みんな微笑んでくれています。がんばってねと手を振ってくれる人もいました。とうとう私の番。3回目だけど、やっぱ緊張するね。