10/2救急車に乗った次の日、やっぱり仕事は休んだ。朝はひょっとしたら行けるかもと思ってたくらい楽になっていた私ですが、やっぱりまだ痛み止めが効いてたからなのか。婦人科にうつされて家に帰る前に12時間効くというディクロフェナックの座薬を入れてもらった。その前にモルヒネもパラセティモル点滴もしてるし、帰るころにはお腹の痛みはほとんどなかった。全くなかったといえないところが悲しいかな。痛み止めの副作用で頭が少しふわっとしてたし、体がだるかった。そのおかげか家に帰ってこどもと一緒に朝までぐっすり。
朝もしかしたら仕事行けるかもーと軽口たいてた私にちゃんと寝てるようにといって仕事に行った旦那に、午前中に、腰が痛くて割れそうで歩けないーと報告。朝旦那がこどもを学校に送って行ってくれてから、私はシャワーを浴びた。それまではまあよかったのに、その後腰が痛くてしょうがない。腰というか背骨や股関節、骨盤のあたり全体が痛い。
後で思いついたのは、昨日意識がなくなって椅子から床に落ちたとき、腰を打ったんだろうなー。いつも生理とかで腰が痛くなるのは右側なのに、今回は左側が主に痛い。左側が痛くなったことってほとんどないのに。と、仕事から帰ってきた旦那に言ったら、まあそれが正解だろうねー左側に落ちたから。といっていた。
私の昨日の記憶は薄ぼんやりしていて、ああそう言えばそうかも。わたしの右側は本棚があるから、右側には倒れないだろうな。だから左が痛いのかー。
ディクロフェナックを朝から飲んでるけどチットモよくならない。ディクロフェナックは抗消炎薬だから、コディンとかの方がいいかと思ってコディイン入りの痛み止めも飲んでみたけどほとんど効き目無し。
昨日に続き役に立たない私でした・・・。
2014年10月2日木曜日
2014年10月1日水曜日
ラパロ後7週間目
10/1仕事中お腹が激痛で自分のデスクで休んでました。そのときはオフィスに2人だけで、もう一人の人は電話中だったので、まあ座ってれば治るかな、とおなかを押さえて我慢中。その人も私のおなかイタ歴を知っているので電話が終わってから、隣に来て、痛いの?大丈夫?と聞いてきてくれました。その頃には痛みがピークに達していて返事はできず。うなづいたりはしてたと思います。その後は後から聞いた話なのですが・・・。
10時ごろに私はおなかが痛くなってデスクに座る。オフィスにいたもう一人のスタッフがわたしのよこにすわってたのは10分くらい。その後私の痛みがひいてきたらしく(うずくまっていた私が少しまっすぐに椅子に座ったから)、その人も自分のデスクに。そしてその数分後私は意識をなくし椅子から床に落ちて倒れる。意識は結構すぐ戻ったらしいけど、あまりの痛さに意識朦朧で受け答えできず。倒れた時点で同じ職場だけれどバスで10分ほど離れた建物にいるだんなに連絡、そして救急車を呼ぶ。
私が覚えているのは、隣に座っててくれて、チョット痛みがひいたかなと思ったらまた激痛が戻ってきて、絶望感に浸ってた。次に覚えてるのは救急隊の人がいたところから。ところどころ記憶がないって、いやな感じだ。救急隊の人が来たあたりで痛みがひき始めた。
救急隊の人は私に熱があること、血圧が低いこと、まだ痛みがあることなどから、救急に連れて行くことにした。しばらくすると痛みは6割くらいになり、両脇をがっつりもってもらって自分で立ち上がり、エレベーターまでいけた。建物の入り口で車椅子に乗り、救急車へ。救急車の中でガス&エアー(笑気ガス)を吸い、眠気が襲ってきて、痛いものの、もうどうでもいいから家に帰して~お布団で眠りたい~欲求に駆られる(笑)。救急につくとかなり待った後血液検査や痛み止めを入れるため、カニュラ(点滴の管を入れるライン)を入れられる。その後またさらにだいぶ待って、ドクターが来る。私の病歴を主に旦那から聞き、癒着の痛みはペインコントロールがかなり大事ですよと言われる。でもGPは効かない痛み止めしかくれないし。そのドクターは1泊入院してもらうと言っていた。癒着の痛みはお腹を空っぽにしてから、何かおなかに入れるといいといい、病院なら、痛みをコントロールできるし、入院しようと言っていた。尿検査もした。
その後またさらに待って、ナースがモルヒネを入れてくれ、その後パラセティモル(アセトアミノフェン)の点滴。モルヒネはチョットづつ入れて、痛みはどれくらい?と聞いてくれるのだけど、入れはじめのとき、急激な眠気と喉がぎゅううっとされる感じがあって、返事がしづらかった。2回くらい入れて痛みが引いていったのと眠気がすごくていたくてもうどうでもいいや感が買ってしまい、そこでストップ。旦那は入院準備とこどもをむかえに行くので帰宅。
私は婦人科病棟にうつされる。そこでもかなり長いことほっておかれ、香港出身のスチューデントドクターが来て、山のような質問をされる。何のデータなのか、こどもは計画的に作った子かという項目もあった!そしてまた待って、ドクターが来てお腹を触診。特に硬いところもないし、血液検査等の結果もまあまあ。炎症値が少し高めだったらしいけど、まあ手術後ということを考えたらドクターを納得させるだけの結果だったらしい。ということで、家に帰りたかったら帰ってもいいということになりました。そういわれたらもちろん家に帰ると即答。
まあ、意識がなくなったのが家で旦那がいただけなら、きっと救急車は呼ばなかったと思う。今までも数回痛みで意識がなくなったことがあったけど、かならず目が覚めたし(笑)。職場だったのでみんな心配して救急車を呼んでくれたのかな。まあ私も去年まではファーストエイダーだったので誰かの意識がなくなったら救急車呼ぶなぁ。
それにしてもラパロでいろいろとったりはがしたりしたのになぜ意識がなくなるまで痛くなるのか。
婦人科病棟にうつされたときに診てくれたドクターが、私の治療歴の記録を見て、いろいろやって、手術もしたのにまだここまで痛いとなると、次は子宮卵巣全摘しか残ってないけれど、年齢的にも(まあもう妊娠もしないだろうし、する予定もないなら)、考えてみたらどうかといわれた。
まあ妊娠はできないだろうし、たとえ万が一したとしても出産までいったとしてもこの痛みとともに2人も育てられないだろう。ひとりこどもを授かれたのは、ありがたいことだ。かといって用はないからって全摘というのは、卵巣の働きを止めるGnRH注射をしたときに、恐ろしい副作用があった私は、全摘を考えることはまだできそうにないなー。
それにしても痛みが絶好調のときにモルヒネをしてもらったら痛みがスーッと引いて楽だろうな・・・と思う私はすでにやばいのかしら。
10時ごろに私はおなかが痛くなってデスクに座る。オフィスにいたもう一人のスタッフがわたしのよこにすわってたのは10分くらい。その後私の痛みがひいてきたらしく(うずくまっていた私が少しまっすぐに椅子に座ったから)、その人も自分のデスクに。そしてその数分後私は意識をなくし椅子から床に落ちて倒れる。意識は結構すぐ戻ったらしいけど、あまりの痛さに意識朦朧で受け答えできず。倒れた時点で同じ職場だけれどバスで10分ほど離れた建物にいるだんなに連絡、そして救急車を呼ぶ。
私が覚えているのは、隣に座っててくれて、チョット痛みがひいたかなと思ったらまた激痛が戻ってきて、絶望感に浸ってた。次に覚えてるのは救急隊の人がいたところから。ところどころ記憶がないって、いやな感じだ。救急隊の人が来たあたりで痛みがひき始めた。
救急隊の人は私に熱があること、血圧が低いこと、まだ痛みがあることなどから、救急に連れて行くことにした。しばらくすると痛みは6割くらいになり、両脇をがっつりもってもらって自分で立ち上がり、エレベーターまでいけた。建物の入り口で車椅子に乗り、救急車へ。救急車の中でガス&エアー(笑気ガス)を吸い、眠気が襲ってきて、痛いものの、もうどうでもいいから家に帰して~お布団で眠りたい~欲求に駆られる(笑)。救急につくとかなり待った後血液検査や痛み止めを入れるため、カニュラ(点滴の管を入れるライン)を入れられる。その後またさらにだいぶ待って、ドクターが来る。私の病歴を主に旦那から聞き、癒着の痛みはペインコントロールがかなり大事ですよと言われる。でもGPは効かない痛み止めしかくれないし。そのドクターは1泊入院してもらうと言っていた。癒着の痛みはお腹を空っぽにしてから、何かおなかに入れるといいといい、病院なら、痛みをコントロールできるし、入院しようと言っていた。尿検査もした。
その後またさらに待って、ナースがモルヒネを入れてくれ、その後パラセティモル(アセトアミノフェン)の点滴。モルヒネはチョットづつ入れて、痛みはどれくらい?と聞いてくれるのだけど、入れはじめのとき、急激な眠気と喉がぎゅううっとされる感じがあって、返事がしづらかった。2回くらい入れて痛みが引いていったのと眠気がすごくていたくてもうどうでもいいや感が買ってしまい、そこでストップ。旦那は入院準備とこどもをむかえに行くので帰宅。
私は婦人科病棟にうつされる。そこでもかなり長いことほっておかれ、香港出身のスチューデントドクターが来て、山のような質問をされる。何のデータなのか、こどもは計画的に作った子かという項目もあった!そしてまた待って、ドクターが来てお腹を触診。特に硬いところもないし、血液検査等の結果もまあまあ。炎症値が少し高めだったらしいけど、まあ手術後ということを考えたらドクターを納得させるだけの結果だったらしい。ということで、家に帰りたかったら帰ってもいいということになりました。そういわれたらもちろん家に帰ると即答。
まあ、意識がなくなったのが家で旦那がいただけなら、きっと救急車は呼ばなかったと思う。今までも数回痛みで意識がなくなったことがあったけど、かならず目が覚めたし(笑)。職場だったのでみんな心配して救急車を呼んでくれたのかな。まあ私も去年まではファーストエイダーだったので誰かの意識がなくなったら救急車呼ぶなぁ。
それにしてもラパロでいろいろとったりはがしたりしたのになぜ意識がなくなるまで痛くなるのか。
婦人科病棟にうつされたときに診てくれたドクターが、私の治療歴の記録を見て、いろいろやって、手術もしたのにまだここまで痛いとなると、次は子宮卵巣全摘しか残ってないけれど、年齢的にも(まあもう妊娠もしないだろうし、する予定もないなら)、考えてみたらどうかといわれた。
まあ妊娠はできないだろうし、たとえ万が一したとしても出産までいったとしてもこの痛みとともに2人も育てられないだろう。ひとりこどもを授かれたのは、ありがたいことだ。かといって用はないからって全摘というのは、卵巣の働きを止めるGnRH注射をしたときに、恐ろしい副作用があった私は、全摘を考えることはまだできそうにないなー。
それにしても痛みが絶好調のときにモルヒネをしてもらったら痛みがスーッと引いて楽だろうな・・・と思う私はすでにやばいのかしら。
2014年9月29日月曜日
術後6週間目
9/24重たいものをもつと、お腹がしくしく痛む。お腹の下のほう右も左も痛い。手術の痕がまだ痛むのかなー。特に右足の付け根が痛かった。術後からのお腹の腫れがまだひかず、日本で買ってきた大きいストレッチジーパンがぴったり。今日は仕事中重たい本を何度か運んだので夜になってもお腹がしくしく痛む。胸もまだ痛い。
9/26忘れて2階まで階段を駆け上ったら、痛み倍増。なんかお腹にとげとげのい氏が入っている感じ。「忘れて」ってことはそれまでは痛くなかったってことだから、ちょっとは回復してるのかなー。
9/27土曜日。午後スゴイ眠気でいつの間にかソファーで昼寝。いまだにおしっこの後痛む。これは手術後から痛みの程度は違うものの続いている。入院中ナースにまあこれは異常ではないからといわれた。おしっこ中ちくちく痛むのではなく、生理痛のようなかんじが膀胱の辺りにあるので、感染ではないらしい。
9/28日曜日。激痛が1日に何度も。生理から数えて21日目。生理一週間前。いつもは10日くらい前から始まるから今月も少し生理が遅くなるのかなー。でも痛みは激痛1日目にしてはかなりいたい。24日に階段駆け上がったときに痛んだのが激痛1日目と数えるのだろうか。階段駆け上がったのと痛みは偶然?24日の痛みは激痛って感じじゃなかったから、気にしなかったんだけど。
日曜日の夜はかなり激痛で、それも長引いて、寝る前につらかったです。旦那が立会ってて横にいてくれたんだけど、まあできる事はないので、横にいただけなんだけど、私が痛がる様子をみて、やっぱりもう一回GPに行った方がいいんじゃない?と助言。まあそうだけど、GPは痛み止めくれるだけだし、痛み止めなら効かないけど売るほど家にあるしなー。と言うと、でもGPのメディカルレコードには必要だよ。と言われ、まあ水曜日までは忙しいので、自由時間のあるのは木曜日金曜日あたりだしまあその内行くよ。と言い寝ました。
どうしたら治るのかなー。内膜症を取って、癒着もできるだけとったのだから、癒着が残っていたとしてもラパロ前よりは痛みが少しは弱まるはずではないか?この痛みは内膜症や癒着のせいではないのかなー。もしかしたら子宮腺筋症?かと頭によぎりました。腺筋症の検査はしてないしなー。
9/29月曜日。仕事中も痛む。激痛ってほどではないけれど。ナプロキシンとブスコパンを飲む。
9/26忘れて2階まで階段を駆け上ったら、痛み倍増。なんかお腹にとげとげのい氏が入っている感じ。「忘れて」ってことはそれまでは痛くなかったってことだから、ちょっとは回復してるのかなー。
9/27土曜日。午後スゴイ眠気でいつの間にかソファーで昼寝。いまだにおしっこの後痛む。これは手術後から痛みの程度は違うものの続いている。入院中ナースにまあこれは異常ではないからといわれた。おしっこ中ちくちく痛むのではなく、生理痛のようなかんじが膀胱の辺りにあるので、感染ではないらしい。
9/28日曜日。激痛が1日に何度も。生理から数えて21日目。生理一週間前。いつもは10日くらい前から始まるから今月も少し生理が遅くなるのかなー。でも痛みは激痛1日目にしてはかなりいたい。24日に階段駆け上がったときに痛んだのが激痛1日目と数えるのだろうか。階段駆け上がったのと痛みは偶然?24日の痛みは激痛って感じじゃなかったから、気にしなかったんだけど。
日曜日の夜はかなり激痛で、それも長引いて、寝る前につらかったです。旦那が立会ってて横にいてくれたんだけど、まあできる事はないので、横にいただけなんだけど、私が痛がる様子をみて、やっぱりもう一回GPに行った方がいいんじゃない?と助言。まあそうだけど、GPは痛み止めくれるだけだし、痛み止めなら効かないけど売るほど家にあるしなー。と言うと、でもGPのメディカルレコードには必要だよ。と言われ、まあ水曜日までは忙しいので、自由時間のあるのは木曜日金曜日あたりだしまあその内行くよ。と言い寝ました。
どうしたら治るのかなー。内膜症を取って、癒着もできるだけとったのだから、癒着が残っていたとしてもラパロ前よりは痛みが少しは弱まるはずではないか?この痛みは内膜症や癒着のせいではないのかなー。もしかしたら子宮腺筋症?かと頭によぎりました。腺筋症の検査はしてないしなー。
9/29月曜日。仕事中も痛む。激痛ってほどではないけれど。ナプロキシンとブスコパンを飲む。
2014年9月22日月曜日
術後5週間目 9/18仕事復帰
木曜日から仕事復帰しました。4週間チョット休んだことになります。やっぱり感染のせいで3週間の欠勤の予定がもう1週間のびてしまいました。それでもあまり快復した感がないのは、4週間ほとんど動けなかったからだと思います。はじめは術後の痛みで、そして感染の痛みといつもの激痛、抗生物質の副作用の吐き気、で4週間ほどほとんど動けずで、体力がた落ち。
今週の木曜日は5時間の勤務でした。12時から5時まで。仕事に行くだけで(車通勤約30分)ぐったり。もうすぐ排卵のようで、胸が少し痛んでましたが、鈍痛でした。何とか勤務を終えて、旦那を拾って、こどもをむかえに行きました。ぐったりで、夕ご飯は旦那まかせ、夜はこどもと一緒に8時就寝。役に立たないかーちゃんです・・・。
今週の木曜日は5時間の勤務でした。12時から5時まで。仕事に行くだけで(車通勤約30分)ぐったり。もうすぐ排卵のようで、胸が少し痛んでましたが、鈍痛でした。何とか勤務を終えて、旦那を拾って、こどもをむかえに行きました。ぐったりで、夕ご飯は旦那まかせ、夜はこどもと一緒に8時就寝。役に立たないかーちゃんです・・・。
2014年9月8日月曜日
術後4週間目
ラパロ初の生理はいつもより重いと聞いていましたが、いつも重くてきつい私にはチョットいつもより大変かな?って感じでした。いつものように、4、5日目が重く10日続きました。
生理の重い時期が過ぎればおなかの張りもへるので、グルテン入りのものを油断して(笑)少し食べたのですが、そのせいなのか、生理のせいなのか、終わりごろに片頭痛が2日続きましたー。吐き気もあったけど、それは片頭痛のせいかな。ううう、やっぱりグルテンとは相性の悪い私・・・。
生理の重い時期が過ぎればおなかの張りもへるので、グルテン入りのものを油断して(笑)少し食べたのですが、そのせいなのか、生理のせいなのか、終わりごろに片頭痛が2日続きましたー。吐き気もあったけど、それは片頭痛のせいかな。ううう、やっぱりグルテンとは相性の悪い私・・・。
2014年9月7日日曜日
術後3週間目
9/1、GPで術後感染のためメトロニダゾールとケフレックスという抗生物質をもらい飲み始め、吐き気に苦しみました。3日ほどすると感染の痛みだったような痛みは少しずつ引いて行ったけれど、吐き気がすごくて、吐き気止めをもらいました。この間も激痛が続いていて、吐き気で食欲は落ちるわ、痛くてつらいわで、いったい私はどうしたらいいのか悩みました。術後の痛みとすごい吐き気でまた動きがとれず、体力がかなり落ちたと思います。こどもと一緒に8時就寝の日が多くて、1日10時間寝てもまだだるい。
感染っぽくなったのは先週なので、抗生物質を飲み始めるのが遅かったかな、飲み始めるのが遅くなったら治りが遅くなるかなーと思いながら、吐き気と戦ってました。
9/4 いつもの右下腹と真ん中の下のほうが激痛。排便痛もかなりひどい。吐き気であまり食べられない。
9/7 まだ痛いし吐き気もある。だるさが倍増。もうすぐ生理かもなー。2日ほど予定から遅れてます。まあ痛みがはじまったのが、2,3日遅かったから、遅れるのはそのせいか。
感染っぽくなったのは先週なので、抗生物質を飲み始めるのが遅かったかな、飲み始めるのが遅くなったら治りが遅くなるかなーと思いながら、吐き気と戦ってました。
9/4 いつもの右下腹と真ん中の下のほうが激痛。排便痛もかなりひどい。吐き気であまり食べられない。
9/7 まだ痛いし吐き気もある。だるさが倍増。もうすぐ生理かもなー。2日ほど予定から遅れてます。まあ痛みがはじまったのが、2,3日遅かったから、遅れるのはそのせいか。
2014年9月1日月曜日
ラパロ後13日目
熱っぽい、お腹の左の中のほうがまだ痛い(右はそうでもない、痛くなくはないけど)、体がだるい、足がおぼつかない、など、まだ症状はあります。そして便通やガスが腸を通過するとき超激痛です(泣)。
午前中GPに行ってきました。自分で車を運転(5分から10分)していけたのだけど、杖を持っていくのを忘れて、GPクリニックの中で歩くのがつらかったです。よろよろゆっくりしか歩けないし。そこでドクターに症状を説明し、お腹の触診。触診のためにベッドに上がるのも結構大変で、ドクターがベッドを下げてくれてよろよろと乗りました。やっぱり左側を押されると痛くて、「ううっ」となります。お腹の具合から見てそんなにひどくはないけど、術後感染の可能性があるので、抗生物質を2種類出されました。
便通やガスが腸を通過するときの激痛は抗生物質を飲むとお腹がゆるくなるので、その上下剤をだすと大変なことになるかもしれないので今日は出さないといわれました。その代わり粒入りのオレンジジュースを飲むといいよといわれました。それでも解決しなかったら、それから薬局で下剤を買うといいといわれました。まあ以前も抗生物質を飲んだらお腹が下ったので一石二鳥?!
そしてよろよろとGPクリニックから出て、車に乗り薬局へ。薬局の目の前の駐車スペースがいっぱいだったので、信号を渡ったところにあるところにとめました。杖を持ってこなかったのがミスでした。信号が青のうちに渡りきれずヒヤッとしましたが、何とかよろよろと薬局へ。いつも処方をまつ間買い物に行く?中で待ってる?と聞かれいつもなら買い物を済ませてから薬を取りに行くのですが、今日はそんなの無理、レジの前にあるいすに座って待たせてもらいました。そしてまたよろよろと、信号がぎりぎりになりながら車まで行き、まあ車で一休みして、家に帰りましたー。
抗生物質1つは一日4回でもう1つは一日3回。片方は食後と限定してあったので、まあ朝昼夜ご飯の後と、一日4回のは寝る前もって感じかな。効いてくれーっ!
子どもにママのお腹にばい菌が入っちゃってまだ痛くて治らないの。今日お医者さんでお薬をもらってきてね、そのお薬はママのお腹の菌をやっつけて助けてくれるんだよ。一緒に助けてね。といったら、お薬にはブレイブナイトが入っていてやっつけるんだね!あ、でもママのことはやっつけないから大丈夫だよ。と言ってくれました。
私がなかなか治らなくてストレスたまってるみたいな子どもが、昨日の夜言う事を聞かなかったり、かんしゃくを起こして私のお腹をけったりしだして、ついきつく怒ってしまいました。まだ6歳だしきっとつらいんだろうな、と思い、今夜はがんばって一緒に歯磨きして、歯のチェックをしあったり、私が絵本を読み聞かせたり、寝るまで一緒に添い寝したりしました。いつも9時ごろまで起きててしかられてるのですが、今日はゆったりとした気分で8時半前に眠りに付いたようです。
ちょっとお腹がつらくても子どもに寄り添っていれば子どもも落ち着くしその分私も落ち着くので、これからがんばろうと思います。今までつらかったんだろうな。ごめんね。抗生物質よ、私らを助けてくれ~!
今日は洗濯をして、夜ご飯作りの手伝いをしました。手伝いと言っても1分パスタの準備と、旦那にスパゲティーボロネーゼの作り方を教えただけですが。作り方と言っても、温めるだけのボロネーゼソースに出来上がってるミートボールを混ぜただけのソースに、一分パスタをゆでただけですが。旦那、ご飯作るの(温めるだけのご飯ですが・・・)、苦痛になってきたみたいだし。まあ人にむき不向きがあるからね。
まだ長い時間立っているとつらいので、キッチンにたってフルにご飯を作るのはもう少し先になりそう。でも午後いっぱいかかってちょっとづつなら何か作れそうかなー。そしたら帰ってきたらすぐ食べれるし。
お腹(手術の痕)が先週より楽になってきて、腰を伸ばしてまっすぐ立てれる時間が増えて、腰の痛みから解放されつつあるので、ちょっとは回復してるんだろうね。寝るときもひざを立てて寝ていたけど、足をまっすぐにすることができるようになってきたし。予備の枕を体の横にすると横向きに寝れる時間が増えて、楽になり、寝つきが少しよくなったかな(私眠くなるまで横向きに寝たい人なんです、でも寝るとなったら仰向けに)。まだ寝返りをしてない感じなので、朝起きると腰が痛かったりするけど。
午前中GPに行ってきました。自分で車を運転(5分から10分)していけたのだけど、杖を持っていくのを忘れて、GPクリニックの中で歩くのがつらかったです。よろよろゆっくりしか歩けないし。そこでドクターに症状を説明し、お腹の触診。触診のためにベッドに上がるのも結構大変で、ドクターがベッドを下げてくれてよろよろと乗りました。やっぱり左側を押されると痛くて、「ううっ」となります。お腹の具合から見てそんなにひどくはないけど、術後感染の可能性があるので、抗生物質を2種類出されました。
便通やガスが腸を通過するときの激痛は抗生物質を飲むとお腹がゆるくなるので、その上下剤をだすと大変なことになるかもしれないので今日は出さないといわれました。その代わり粒入りのオレンジジュースを飲むといいよといわれました。それでも解決しなかったら、それから薬局で下剤を買うといいといわれました。まあ以前も抗生物質を飲んだらお腹が下ったので一石二鳥?!
そしてよろよろとGPクリニックから出て、車に乗り薬局へ。薬局の目の前の駐車スペースがいっぱいだったので、信号を渡ったところにあるところにとめました。杖を持ってこなかったのがミスでした。信号が青のうちに渡りきれずヒヤッとしましたが、何とかよろよろと薬局へ。いつも処方をまつ間買い物に行く?中で待ってる?と聞かれいつもなら買い物を済ませてから薬を取りに行くのですが、今日はそんなの無理、レジの前にあるいすに座って待たせてもらいました。そしてまたよろよろと、信号がぎりぎりになりながら車まで行き、まあ車で一休みして、家に帰りましたー。
抗生物質1つは一日4回でもう1つは一日3回。片方は食後と限定してあったので、まあ朝昼夜ご飯の後と、一日4回のは寝る前もって感じかな。効いてくれーっ!
子どもにママのお腹にばい菌が入っちゃってまだ痛くて治らないの。今日お医者さんでお薬をもらってきてね、そのお薬はママのお腹の菌をやっつけて助けてくれるんだよ。一緒に助けてね。といったら、お薬にはブレイブナイトが入っていてやっつけるんだね!あ、でもママのことはやっつけないから大丈夫だよ。と言ってくれました。
私がなかなか治らなくてストレスたまってるみたいな子どもが、昨日の夜言う事を聞かなかったり、かんしゃくを起こして私のお腹をけったりしだして、ついきつく怒ってしまいました。まだ6歳だしきっとつらいんだろうな、と思い、今夜はがんばって一緒に歯磨きして、歯のチェックをしあったり、私が絵本を読み聞かせたり、寝るまで一緒に添い寝したりしました。いつも9時ごろまで起きててしかられてるのですが、今日はゆったりとした気分で8時半前に眠りに付いたようです。
ちょっとお腹がつらくても子どもに寄り添っていれば子どもも落ち着くしその分私も落ち着くので、これからがんばろうと思います。今までつらかったんだろうな。ごめんね。抗生物質よ、私らを助けてくれ~!
今日は洗濯をして、夜ご飯作りの手伝いをしました。手伝いと言っても1分パスタの準備と、旦那にスパゲティーボロネーゼの作り方を教えただけですが。作り方と言っても、温めるだけのボロネーゼソースに出来上がってるミートボールを混ぜただけのソースに、一分パスタをゆでただけですが。旦那、ご飯作るの(温めるだけのご飯ですが・・・)、苦痛になってきたみたいだし。まあ人にむき不向きがあるからね。
まだ長い時間立っているとつらいので、キッチンにたってフルにご飯を作るのはもう少し先になりそう。でも午後いっぱいかかってちょっとづつなら何か作れそうかなー。そしたら帰ってきたらすぐ食べれるし。
お腹(手術の痕)が先週より楽になってきて、腰を伸ばしてまっすぐ立てれる時間が増えて、腰の痛みから解放されつつあるので、ちょっとは回復してるんだろうね。寝るときもひざを立てて寝ていたけど、足をまっすぐにすることができるようになってきたし。予備の枕を体の横にすると横向きに寝れる時間が増えて、楽になり、寝つきが少しよくなったかな(私眠くなるまで横向きに寝たい人なんです、でも寝るとなったら仰向けに)。まだ寝返りをしてない感じなので、朝起きると腰が痛かったりするけど。
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